ブランディングで持続可能な日本の漁業を支援する

ニューホライズンコレクティブ(NH)のメンバー・小西圭介さん。 株式会社ニュースケイプを立ち上げ、自身をブランドアクティビストと称して、コンサルテーションに留まらず、現場で変化をもたらすアクションを起こすことをポリシーとしています。

株式会社ニュースケイプ 代表取締役 /一般社団法人漁業ブ 代表理事

小西圭介

小西圭介さんのプロフィール:
ブランド・アクティビスト。株式会社電通にて、20年以上に渡って同社のブランディング・サービスをリード。デービッド・A・アーカー(UC Berkeley Haas School名誉教授)が副会長を務める米国プロフェット社(SF)にて、数多くのグローバルブランド企業の戦略コンサルティングに従事。日本唯一の直弟子として、同氏とともに日本企業に経営戦略課題としての「ブランド」を浸透させてきた。

その小西さんが中心となり、日本の漁業の支援を掲げて設立した団体が「一般社団法人 漁業ブ」です。 漁業ブのコンセプトは“ブランディングで持続可能な日本の漁業を支援する”ことで、漁業生産者や水産事業者と、作り手のシェフや食べ手の消費者を繋ぎ、新しい魚食体験の創造、生産者の取り組みの伝達や付加価値のブランド化、直接流通開拓などを通じて、日本の水産業の価値向上を図っていくことにあります。

最近、スーパーでも農作物は生産者が記載された商品が増えていますが、魚介類で産地や天然・養殖の表示以外に、どんな生産者によってどのように漁獲・育成されたかという情報を見たことがありますか?このように消費者もシェフでさえも、生産者の顔やこだわりの見える魚を扱い、食べる体験は非常に少ない。同様に漁業生産者も、自身の獲った・育てた魚がどのように調理され、食べられているかを知る機会はほとんどありません。この両者の間を繋げることで、水産資源の価値を見直すきっかけになる、と小西さんは語ります。 漁業ブには取り組みに共感した食メディアの編集長、フードコーディネーター、料理研究家といった人たちが集い、志のある漁業生産者とパートナーシップを組みながら、有名シェフや美味しい魚に興味のある消費者への、水産資源の価値の提案に専門性を発揮しています。

小西さんや漁業ブのメンバーは、自らの足で全国各地の水産業の現場を見て回っており、時に漁船に乗り、漁師をはじめ水産事業者の方たちとの関係を作りながら、地道な活動を通じて漁業に関する学びと課題解決の機会を見つけています。 小西さんは、日本の水産業の危機を次のように感じています。 ① 国内水産業の衰退と資源枯渇 国内の水産業は長年にわたり生産量と市場の減少が続いている。食生活の変化と魚食離れもあるが、乱獲による資源枯渇と漁獲量激減、海洋温暖化による生態系変化が近年ますます深刻な問題になっている。また、漁獲された魚の4割近くが(未利用魚など)流通や消費プロセスで廃棄されているなど、フードロスの問題も大きい。

② テクノロジー活用や産業化の遅れ 漁獲/養殖の効率化や水産資源のデータ管理、安全衛生管理など、海外先進国と比べテクノロジーやデータ活用による産業化・付加価値化が遅れており、水産資源が枯渇する中での適切な資源管理や、市場ニーズを捉えた商品開発・マーケティングによる収益性向上の取り組みが遅れている。 ③ 水産事業者の収入の低さと人材不足 日本は水産物の流通構造が複雑で、大手流通業者の交渉力が強いこともあり、農業などと比べても、本来価値を生み出している漁業生産者の取り分が少なく、生産者の収入が非常に低い水準にある。漁業従事者の高齢化と人材不足など、社会課題の縮図のようになっている。継承者不足で漁師さんがいなくなると、今まで食べていた美味しい魚が、本当に食べられなくなってしまう。

こうした実情を受け、困ってはいるものの何から手をつければ良いか、誰に相談すれば良いかも分からないといった水産事業者から相談を受けることも多いと小西さんは言います。 ところで、このように課題が山積みの日本の水産業ですが、では昨今の世界の水産業の事情はどうなっているでしょうか? 実は世界的には水産業は超成長産業となっています。 寿司などの日本食ブームはもちろん、中国やアジア・欧米をはじめ多くの国で水産物が好まれるようになってきているためです。そしてその成長市場の殆どを占めているのが養殖水産物なのです。日本では今なお天然ものが好まれる風潮が色濃く残っていますが、世界の水産業は養殖が主軸となっており、持続可能性という観点からも日本においても養殖の価値を高めることが重要、と小西さんは語ります。

このように養殖水産物の価値を高め、サステナブルな水産業のブランド化を目指す漁業ブの取り組みの一つが、山口県の生産者による養殖とらふぐのブランド化です。 山口県で有名な日本酒に「獺祭」(旭酒造)があります。漁業ブでは山口県・笠戸島のフグ養殖生産者の東風浦氏とパートナーになり、この獺祭の酒粕を蒸留して作られる、「獺祭焼酎」の搾りかす(焼酎粕)を混ぜ込んだ飼料で育てた、山口県産のとらふぐ養殖のブランド化を支援しているのです。 焼酎粕を与えることで、魚介の旨味などに影響する遊離アミノ酸の値が約1.5倍に増加、またふぐの一番の魅力ともいえる身の歯ごたえ(弾力性)も向上することが分析データでも証明され、非常に高品質なとらふぐ養殖に成功しました。 ブランド名は、獺祭のロゴを書いた地元の書家に揮毫してもらい、「純米大吟醸育ち 笠戸島幸ふく」が誕生。 漁業ブでは、まずブランドストーリー開発を支援。「養殖」と「天然」という対比ではなく、独自の「地産」ブランドの価値を明確にしました。酒造副産物として(有料で)廃棄されてしまう焼酎粕をリユースすることで、地域の食資源を循環させること。天然ふぐの漁獲量が激減し、下関で扱われる養殖ふぐも県外産が大半を占める中、山口県産の高品質なとらふぐを育て、再興するというビジョンを共有しながらブランドのストーリーを構築していったのです。 そして、生産者のこだわりや価値を感じてもらえる直接流通開拓を戦略的に行なっていきました。漁業ブ独自の飲食店・シェフネットワークを活用し、伝統的なふぐ専門店だけでなく、ミシュランスター店など高級飲食店への訪問サンプリングを実施。新たなこだわり食材や、生産者とのつながりはシェフの側も求めており、生産者を支援したい気持ちもあってトップレストランとの取引に成功。新たなふぐ料理メニューや品質改善のフィードバックなど、貴重な情報を得る機会ともなりました。そして美味しさはもちろん、飲食店にとってお酒とペアリングも提案しやすい商品(客単価アップが見込める)としても好評を博したのです。

これからの水産物のブランディングは、実は養殖にこそ機会があるはず、と小西さんは言います。 養殖では天然のような産地イメージや魚種の希少性だけでなく、生産者や養殖技術による差別化や新商品の開発がしやすいこと。昨今サステナビリティに対する問題意識も高まる中、ASCやMEL(マリンエコラベル)などの認証をはじめ、持続可能な漁業としての養殖ブランドの大きな機会となりうること。また天然物の「産地」が水揚げ港であることも多いのに対し、実は養殖こそ本当の意味で地域の特性の打ち出しや資源循環など、新しい「地産」の価値を提案できる可能性があること。まさに養殖のブランディングは新しいステージに来ている、というわけです。 このような取り組みを進める小西さんに、日本の水産業の魅力を聞いてみると、まずは「魚種多様性」と言われます。日本は国土こそ世界的にみて広い国ではありませんが、実は排他的経済水域の広さは世界で第6位、国土の12倍もの広さの排他的経済水域を有し、広大な海洋資源の宝庫の中で、実に3,000種類ほどにも上る魚が漁獲されています。日本の寿司ネタの驚くほどの多彩さに象徴されるように、世界に類を見ない魚食文化、そしてそれを支える地域の多様な漁業文化こそ世界に誇れる日本の文化の一つなのです。 こうした日本の漁業の価値を再認識し、ブランディングで価値を高めていくことが漁業ブの取り組みです。

<小西圭介さん> 株式会社電通にて、100社を超える企業のブランドづくりを20年以上に渡ってリード。2020年、株式会社ニュースケイプを設立。デービッド・A・アーカー(UC Berkeley Haas School名誉教授)が副会長を務める米国プロフェット社にて、グローバルブランド企業の戦略コンサルティングに従事。同氏とともに日本企業に、経営戦略としての「ブランド」を浸透させてきた。近年はブランド・アクティビストとして、ビジネスが環境や地域・人やコミュニティの社会変化の主導的な役割を果たす、共創型ブランド戦略モデルを提唱・実践している。著書『ソーシャル時代のブランドコミュニティ戦略』(ダイヤモンド社)他がある。

ライター河合 洋一