英語と会計の掛け算で人を育てる。江上徹さんが描いたやりたいことの設計図。

学生時代からビジネスの世界に興味があった。英語を使い、日本の優秀な製品を海外に売ることを夢見ていた。そして就職した某グローバル精密機器メーカー。だがそこで配属されたのは経理という思いがけない部署だった。そこから江上さんのキャリアは目まぐるしく変遷していく。メーカーから監査法人、電通、そして独立へと活躍の場を移していくのだ。一見、偶然に導かれたかのように見える流れの中には、変化を全て自分の内部に吸収しながらやりたいことへと突き進むぶれない思いがあった。今立ち上げている氏の渾身の新事業が、どのような人生の経緯で生まれてきたのかをたどってみる。

Leapfrog合同会社 代表
公認会計士、ビジネス英語トレーナー

江上徹

江上徹さんのプロフィール:

「日本人の能力は間違いなく高い。日本人はまだまだ世界で飛躍できる」という信念のもと、2021年に独立起業してグローバル人材の育成プログラム「Altus Leap」をスタート。
「英語・ファイナンス・文化理解」をパッケージ化し、海外赴任予定者向け研修、グローバル人材の育成等を行っている。
また、日本に来た外国人役員・従業員に対し、英語での教育研修も実施している。
公認会計士(登録番号41477)

HP:https://altusleap.com/

海外志向と会計との偶然の出会い

江上さんのキャリアの原点は大学時代、派遣留学生に選ばれ経験した海外生活にある。そこで感じたのは電化製品をはじめとするMade In Japanの品質の高さだった。 「当時現地で買った照明やらラジカセやらって、スイッチを入れた途端ショートしたり、CDの音が歪んで再生されたりひどかったんです。そんなこと、いくら安物でも日本の製品にはないじゃないですか」 と江上さんは苦笑交じりに振り返る。日本のものづくりの緻密さを海外で再確認した氏は「製造業で、グローバルに展開している会社で働きたい」と就職先のイメージを持つようになった。そして晴れて入社が決まった大手精密機器メーカー。海外営業部門を配属先として希望していた氏に下された辞令は、だが、その思いに反して経理だった。 「正直に言えばがっかりしました。ただですね、本当にたまたまなのですけれど、当時、会社のアメリカの法人に新入社員を一人だけ出向させて武者修行を積ませるトレーニー制度というのがあって。ラッキーなことに私が選ばれたんです」 あくまで経理部署の人間としての立場であったが、望んでいた海外赴任。そしてこれが江上さんの現在につながる重要な布石となるのだ。 「やっていたことは南北アメリカにあるグループ会社の予算のとりまとめ、管理ですね。英語と日本語半分ずつ使って仕事をしていました」 入社した1998年から2年ほど海外を経験し、結果的に会計の基礎をグローバルな視点で学ぶことができた。そして日本に帰任。おそらく会社からもこれからを期待されたグローバル経理人財としてこのままキャリアを重ねていくのかと思いきや、2002年。江上さんは突如会社を退職する。この時の心情はいったいどういったものだったのだろう。

プロの会計士として

「簡単に言えば会社にこのまま勤めているだけではだめだ、手に職をつけていないと、この先まずいぞと思ったんです」 ―――そのように思ったきっかけはあるのでしょうか? 「実は入社したての時、新入社員は飛び込み営業をさせられるんです。学生気分を抜けさせるために、雑居ビルの事務所などのドアフォンを片っ端から押していくんですよ。まあ私たちはそれでいいのですけれど、そこに4,50代のベテラン先輩社員も参加させられていたんですね。正直、社内評価の厳しかった方々なんだろうと思います。それを見た時、これからは何かプロフェッショナルな部分を持ち合わせていないといけないのだろうなと思ったんです」 ―――で公認会計士の資格を取ろうとした? 「はい、会社にいたころから準備は始めていたんですけれど、やはり働きながらだと限界があって。試験が近づいてきた段階で思い切って辞めました」 ―――辞めることに不安はなかったですか? 「ありましたね。いわゆる就職氷河期世代だったのもあって、せっかく入れてもらった会社をなぜ辞めるんだと父親からも反対されました(笑)」 それでも江上さんは恐れず自分のビジョンに従って難関の資格を見事に取得。2004年から監査法人にも無事入所することができた。プロの会計士としてその後10年間キャリアを積むこととなる。この間、再びアメリカに赴任され、英語の能力とともに海外でのビジネス会計監査の何たるかを徹底的に吸収した。 そして2014年。当時M&Aで海外展開を加速していた電通から経理のプロとしての引き合いがあり、転職する。 「電通という会社自体も面白いと思いましたし、海外とのやり取り含めた仕事ができるのもこれまでの自分の経験が生かせると思いました」 その決断の身軽さと、常に新天地を求める姿勢は氏の類まれなる資質と言えるだろう。

そして独立へ

だが、それでもまだ江上さんのまなざしは次の活躍のステージへと向けられ続けていたのである。 「電通で経理をやっていると社内のいろんな部署の事業立上げについての話が耳に入ってくるんです。みんな面白そうなことに挑戦しているなあと思って。このまま残りの人生ずっとサラリーマンでいるより、独立して自分のやりたい事業をやってみるというのもありなのではないかと思うようになりました」 周囲で展開されているビジネスに触発されたという。そして心はすでにその方向へと傾いていたところ、たまたまニューホライズン(NH)という会社が立ち上がるという情報が舞い込んだ。 「最初はNHの立ち上げを電通側の経理の立場からサポートしてもらえないかと打診されたんです。ただ、すでに独立することに心が傾いていたこともあり、これをきっかけに私自身も手を挙げて退職しようと決めました。そして経理部門からNH設立準備チームへの異動を申し出て、NHの設立に専念しました。自分のやりたい事業のことも本格的に考え始めたのはこのころからでしたね」 事業案の具体化はまだできていない段階だったと言うが、目を輝かせて語る氏の口調から、ここでもその決断への確信が静かに伝わってきた。

新事業立ち上げ

さてそんな経緯ののち、江上さんが自分の事業としてやってみたいと思い至ったことは 「英語と会計の掛け算で人を育てること」 だったという。 ここで江上さんが満を持して立ち上げた人材育成研修プログラム「Altus Leap(アルタスリープ)」について話をしよう。この事業にはこれまでの氏のキャリアと信念、そこから導き出された課題に対する解が凝縮されている。ちなみにAltusとはラテン語由来の言葉で「高み」「深遠な」といった言葉、Leapは「飛翔」「跳躍」を意味するそうだ。 内容を理解するために完成した事業案内パンフレットの中から、江上代表の言葉を一部引用させてもらう。 『日本の会社には、日本人が思う以上のポテンシャルが秘められています。  世界には、広大なマーケットとさらなる飛躍のチャンスが存在しています。  海外に進出するとき、あるいは海外展開を加速していくとき、  何より必要なものは言うまでもなく人材です。  しかし、英語さえ話せれば海外ビジネスをリードする人材になれるでしょうか?  もちろん答えはNoです。  最も重要なのは、その人材が自社の技術やノウハウ、そして企業文化を理解し、  ものごとを動かす熱量を持ち合わせていることではないでしょうか。   私達Altus Leapがお手伝いするのは、  そのような人材に海外で戦うための必携スキルを与えること。  すなわち、海外ビジネスで避けて通れない「英語」、  すべてのビジネスパーソンが基礎的理解を持つべき「ファイナンス」、  そしてなぜか見落とされがちな「文化理解」の三つです。』 まさに江上さんの半生すべてがここに表現されているかのようでもある。 「英語」「ファイナンス」「文化理解」の三軸で展開されるカリキュラムは、氏自身の知見から開発した独自の手法が取り入れられており、今直近で受け入れている受講生は会社の内部監査部門で働く若い人材たちだそうだ。海外でも通用するようなビジネスパーソンを育ててほしいという彼らの上司の願いから研修を受け始めたそうだが、これも新入社員当時の江上さんがたどった道に不思議に重なる。 「まだまだ種まき・営業活動の段階なので通常の会計士業務とのワークシェアでいえばAltus Leapは2,3割ってところです。ただ今年になって徐々に紹介いただけるお話も増えてきていて、この先はぜひこのシェアを増やしていければよいと思っています」

Altus Leap――やりたいことのカタチ

まず志があった。だが周囲は必ずしもその望み通りの環境を与えてくれたわけではなかった。しかし江上さんはその外部要因を絶えず糧として取り込み、自分のキャリアとして変換させた。また同じ場所にとどまらず常に次の世界へ果敢に挑戦していった。 不安はあったと語るが、己に対する自信と若き日から変わらぬ軸への確信が、偶然さえも味方につけた。 とにかく今は何もストレスがなく、毎日が充実しているという江上さん。Altus Leapのゴールをどこに置いているかについて、以下のように絵を描く。 「まずは大阪や名古屋、福岡など、東京以外の都市に教室を2、3持つことがひとつの目標ですね」 実現すれば、複数の講師を束ねる本格的な教育事業へと成長しているはずだ。 生涯を通した「ありたき姿」の探索活動は、きっとこの先も続く。 そうーーAltus Leap 「より高みへの跳躍」は今始まったばかりだ。             (了)

ライター黒岩秀行