日本の一次産業の潜在能力

「ブランディングで持続可能な日本の漁業を支援する」より続く 前編では日本の水産事業の現状と、ブランディングで持続可能な日本の漁業を支援する一般社団法人漁業ブの考え方と、山口県での養殖トラフグののブランディングの取り組みを紹介しました。 後編では、小西さんが漁業ブで取り組んでいる他地域の生産者のブランディング活動と事例を通じて、日本の一次産業が持つ潜在能力を、小西さんがどのように考えているかを紹介します。

株式会社ニュースケイプ 代表取締役 /一般社団法人漁業ブ 代表理事

小西圭介

小西圭介さんのプロフィール:

ブランド・アクティビスト。株式会社電通にて、20年以上に渡って同社のブランディング・サービスをリード。デービッド・A・アーカー(UC Berkeley Haas School名誉教授)が副会長を務める米国プロフェット社(SF)にて、数多くのグローバルブランド企業の戦略コンサルティングに従事。日本唯一の直弟子として、同氏とともに日本企業に経営戦略課題としての「ブランド」を浸透させてきた。

漁業ブの支援活動領域は、①水産物のブランド開発・事業戦略支援、②メディア発信・生産者とシェフ連携、③食/漁体験イベントやツアー企画、④また著名シェフを始めとした飲食店への販路開拓・ECを含む直接流通の支援などで、異業種の知恵とネットワーク各メンバーの専門性と強みを活かして取り組みを行っています。

小西さんはさまざまな生産者の声を聞いていますが、漁業におけるブランディングの重要性は認識されているものの、実際には「水産物を獲る・育てる」活動で手一杯で、戦略的なブランド開発やパッケージング、流通開拓・販売、戦略的なPRなどのマーケティング活動までの経験や専門性、人材やネットワーク不足に悩んでいるところが多いのが現状なのだそうです。しかし、こうした状況を変えようと取り組む、志ある次世代の生産者も増えてきています。 現在漁業ブがパートナーとして、ブランディング支援の取り組みを行なっているもう一つの事例が、岩手県のうに生産者の北三陸ファクトリーです。青森県との境目にある岩手県最北部の洋野町には、世界で唯一の「うに牧場®」が存在します。これは独自の地形を活かして海辺に溝を掘った増殖溝で、うにを放し飼いにするものです。 うに栽培漁業センターで1年間育てた稚うにを海に放流し、約2年間沖合の漁場で過ごした後、このうに牧場に移されて放し飼いされ、天然の昆布やわかめを食べて育った4年うにを出荷することで、海洋環境を守りながら、高品質で安定的な天然うにの供給が可能になっています。 写真:岩手県洋野町には、世界で唯一の「うに牧場®」がある

実は近年、このうにが地球環境問題と大きく関わっていることが世界的な問題となっているのです。 「海の森」と呼ばれる海藻類は、森林に匹敵するCO2吸収効果があり、しかもCO2を溶存有機炭素として深海まで運び、数百〜数千年も蓄積されて温室効果を減少できることがわかっています。これらは「ブルーカーボン」として、近年CO2排出権取引などでも注目を集めていますが、三陸地方は海藻の一大産地で、2022年の国内の全ブルーカーボン測定量の実に8割をこの地域が占めました。まさに三陸には海の宝が眠っているというわけです。 しかし今、海藻類が世界中で減少し、海の“砂漠化”減少が起こっているのです。その大きな原因が、うにが海藻を食い尽くすことによる「磯焼け(ISOYAKE)」です。一度砂漠化が起こると、藻場の再生には時間がかかり、魚介類の生息場も失われ、CO2吸収源の減少とともに、水産資源の減少にも深刻な影響を及ぼします。そして磯焼けした海では、うに自体も身入りがなく商品価値のない、採っても廃棄するしかない「やせうに」になってしまうのです。 北三陸ファクトリー代表の下苧坪(したうつぼ)氏は、北海道大学などと研究を重ね、磯焼けを防ぐため、独自のうに養殖用生簀や海藻飼料の技術開発など、うにの再生養殖のノウハウを確立。そして同社は日本発の技術で世界の海洋環境を再生していくため、世界の海藻の7割を占め、磯焼け問題が深刻なオーストラリアに、今年現地ジョイントベンチャーの設立を発表しました。日本発のサステナブルなうに養殖技術が、世界の海を救うために羽ばたこうとしているのです。現在漁業ブでは、うに再生養殖の取り組みを伝える食イベントの開催や、海外向けのブランディング支援も行っています。

また、これらと合わせて漁業ブでは2023年から「三陸応援Sea to Plate Project」を開始しました。これは漁業が基幹産業である三陸地方のさまざまな漁業生産者と繋がりながら、三陸の多様性の魅力を海から再発見していくものです。 シンボルマークを開発し、三陸地方の漁業生産者・関連パートナーとの協業を行いながら、食イベントや食メディア発信、漁業ツーリズム開催といった漁業のブランディング支援の様々な取り組みを展開しようとしています。 ※三陸応援Sea to Plate Projectでは、漁業生産者と繋がり、三陸の魚介の多様な魅力を発信

このような漁業生産者支援の取り組みをはじめ、小西さんがさらに力を注ごうとしている取り組みが、地方の一次産業や伝統産業を、デザインの力でバックアップすることです。日本の地域の一次産業や伝統産業は、中小企業であっても世界に通用する技術や付加価値を持つ企業が数多く存在すると考えています。 しかし、こうした地方の産業が自らの価値を顕在化させるには、グローバルに打って出られるブランド作りが不可欠です。そこでデザインによってブランド力を高めて、地方から日本発のグローバルブランディングを推進していくことを志向しています。小西さんは漁業ブを皮切りに、日本の地方が持つ潜在能力を、効果的なブランディングで顕在化させていくことを目指しているのです。

<小西 圭介さん> 株式会社電通にて、100社を超える企業のブランドづくりを20年以上に渡ってリード。2020年、株式会社ニュースケイプを設立。デービッド・A・アーカー(UC Berkeley Haas School名誉教授)が副会長を務める米国プロフェット社にて、グローバルブランド企業の戦略コンサルティングに従事。同氏とともに日本企業に、経営戦略としての「ブランド」を浸透させてきた。近年はブランド・アクティビストとして、ビジネスが環境や地域・人やコミュニティの社会変化の主導的な役割を果たす、共創型ブランド戦略モデルを提唱・実践している。著書『ソーシャル時代のブランドコミュニティ戦略』(ダイヤモンド社)他がある。

ライター河合 洋一