今回の取材対象者であるニューホライズンコレクティブ(NH)・メンバー立木大道さんに以前お会いしたのは、新橋のとある居酒屋だった。独立してマーケティングコンサルの会社を立上げつつ、実家であるお寺・岡山県道源寺を継がれ住職を兼務されているという話はその時から伺っていた。ロマンスグレーの髪に長身、おちついた物腰で店に現れ、お酒を口にしつつ穏やかに物語りする様子は確かに僧職に就かれている方らしく周りの人を安堵させる徳のようなものをお持ちだった。
そして今オンライン取材のモニターの中に現れた立木さんは、僧侶の「正装」ともいえる純白の法衣を纏っている。新橋の夜とは違った荘厳さと威厳に満ちたいでたちにやや気圧されつつ、筆者はTシャツ短パンでモニターに向かってしまった自分の不覚を恥じた。
だが話し始めた立木住職は変わらず、穏やかで気さくこの上ない人だった。
お寺の仕事とコンサルタントの生業のはざまでいま何を行い、どのようなことを考え、何処に向かっているのか、おずおずと質問を繰り出す筆者に優しく語り始めてくれるのだった。
株式会社 Kanon
アカウントディレクター
立木大道
立木大道さんのプロフィール:
電通では営業(BP)一筋28年で、これといった特技はないのですが、電通の中では「優し過ぎる」「軟弱」だと、よく言われていました。しかし、比較的、円滑なプロジェクト推進を行い、コミュニケーションだけでなく、商品開発などクライアントと良好なコミュニケーションをとることが得意なのかなと思います。
二足の草鞋
「もともとここの住職だった父が高梁市の市長を拝命したこともあって、そうするとお寺の仕事は公職選挙法的に並行して携われないとのことで、お寺の役員さん達とどうしようかということになったんです。で、私が父の代わりに住職(宗教法人代表)となればよいのではないか?となってしまった。そう、お寺の32代目。電通社員2年目の時です。父は市長を2期8年やって体調不良で辞めたんですけれど、その後益々体調を崩してしまいまして。それからは毎週金曜日の夜に羽田から飛行機に飛び乗って週末はお寺の仕事をこなし、日曜日の夜の岡山空港発で東京に戻ってくるといった生活が始まりました。特に父に多臓器がんが見つかった頃、40歳くらいの頃から電通を辞めるまではずっと、年間50往復・100フライトくらいしていましたね。土日を埋められないように会社では私はゴルフはできません、ということにしていました(笑)」
当時、営業部長をされていた立木さん。クライアントから依頼される絶え間ない作業、社内の数字・労務管理などの激務をこなしながら実家の仕事と並走する毎日。
「会社の仕事自体は大好きだったんですけれど、どんどん管理も厳しくなってくるご時世、この生活が当時は相当しんどくなっていました・・」
歳を経るうちにお寺の仕事も中途半端な形で続けていることに申し訳なさを感じ始めていたともいう。
そんなとき独立してからのセカンドキャリアをサポートする制度として施行されたNHのシステムは、渡りに船であった。立木さん49歳。人生の大きな転換点を迎えるのである。
(以下写真:道源寺山門)
リピート顧客と、プル型コミュニケーション
ただ会社を辞めて僧職に専念するのかと思えばそういうわけではなかった。立木さんはすぐに自らの会社を立上げる。電通時代に培ったビジネスの知見を生かし、現在地元企業2社のコンサル業務にあたっている。また近隣の同宗門のお寺・巨福寺(こうふくじ)のコンサルも行っていたというから面白い。
「地域人口が減っているということもあるのですけれど、地方では‘お寺離れ‘が深刻でして寺院が疲弊してきているのです。ただマーケティング視点で考えた場合、まだまだできることは多いと思ったのです。そういった考えを持ったお寺はあまりないのですけれど」
とマーケティングの必要性を説きつつ、さらに続ける。
「お寺って基本的にはリピート通販と同じなんです」
―――リピート通販!?
「通販の会社であればリピーターって一番の顧客ですよね?リピートしてもらうために様々な施策を講じる。お寺で言えば例えば亡くなった人の1周忌、3回忌、7回忌、13回忌、、とやる方がいますよね。こういった方々を一番の信者様にしていこうということなんです。さらに言うと通販であればユーザー本人が亡くなってしまい購入することが不可能になれば終わりですけれど、檀家であれば世代を超えて代々受け継がれていく。このシステムはとても優れたところなんです。これを意識するのとしないのとでは大きな違いなのですよね」
通販系のクライアントを担当してきた知見から、檀家制度の優位性をこのように分析・応用しようとする。
ではリピートさせるためにどのような打ち手を講じるのであろうか。通販会社のようにダイレクトメールなどで信者さんにリマインドをさせるのかと思いきや、そうではないようだ。
「私のキラートークです(笑)。1周忌の法要が終わるときなどに私が信者さんに語るのです。一周忌で喪は明けるけれど、もし、亡くなった親御さんが今もご存命なら今年も誕生日会を開いたり、温泉に連れて行ったり、あるいは敬老の日にはお孫さんが手書きの絵をプレゼントしたりするでしょう?それが、翌年から一切無くなる。当たり前だといえば当たり前です。でも、子や孫が安寧で幸せな人生を送ることを願いながら亡くなった親御さんにしてあげられることが何もなくなるというのは、不自然ではないですか? 3回忌、7回忌、13回忌というタイミングで子供たちが集い、供養という形で親御さんの恩に感謝することはとても自然なこと。そしてそれが自分の子供たちへも受け継がれていく思いやりの心にもなるのだと」
キラートークとおどけながら語られたがそこはいわゆる、説法されるということである。立木住職曰くメールやハガキでのリマインドは「プッシュ型コミュニケーション」。お寺は本来顧客のニーズを引き出す「プル型コミュニケーション」であるべきだと説くのである。
筆者は思わず、なるほど、と膝を打った。
またコロナ後の人々の心理として、お祭りのような「集う」ことに飢えているのではないかという洞察から、件のコンサルを行った巨福寺と合同で豪華な「花まつり」を実施したともいう。
「たくさん人が来て盛り上がりましたよ(笑)」
寺社が様々な経営的課題を抱えている中、やみくもに施策を行うのではなく大切なのはそれぞれのストロングポイント(強味・特性)を理解するということだとも熱く語る立木さん。取材しているうちにお坊さんと話しているのか、コンサルタントと会話しているのか、区別がつかなくなってきた。
(以下写真:花まつりの様子)
恩返しの期間
さて、立木さんがご自身やお寺に描く未来像はどういったものなのだろう。
「いまNHの制度もあって独立できたことで、人生に深みとゆとりが出てきたと言いますか、ひとつはこれから信者さんにいろんな意味で個別にお返しができればいいと思っています。たとえば最近のことですが、お耳の悪い信者さんに私が知っている最新の骨伝導型補聴器を紹介しつつ一緒に商品を探しに行ったりしています。まあライフシフトという考え方と少し違うのかもしれませんが、今人生100年時代と言いますけれど、私は生まれてから33歳くらいまでは人からものを学ぶ期間だと思っているんですね。つまり人生最初の1/3くらいは周りの人に頼って生きている期間だととらえます。で、大体34歳から66歳くらいまでは、家庭を育てる期間。もしくは、世の中の役に立つ期間。そして、最後の1/3である67歳から99歳までは心身ともに健康が前提ですが、世の中に恩返しをしていく期間だと」
立木さんが66歳になるまでにはまだ随分と時間があるが、サービスの先出しを始めているというところだろうか。
「そして100歳まではあと1年残るのですが、その1年は周りの人にお世話になって死んでいく。これが理想の人生だと考えています。今のお坊さんの活動はそこに向かう途上にあるという感じですね」
僧侶という立場を基点に、あるいはその立場を超えて今後地域や社会に貢献していきたいという思いを抱いてらっしゃるようだ。
また先にも触れたが地域のお寺の今後の経営は様々に難しい問題を抱えている。事業承継もその中のひとつのようで、実際立木さんのご子息たちも現状寺を継ぐつもりはなさそうだと伺った。その場合「家庭を育てる期間」を終えた66歳以降は、先ほどの巨福寺の若いご住職を道源寺に招くことも考えているという。(なんでもお寺は法律的に合併はできないそうで、「兼務寺」という形をとるそうだ)こういった寺同士の横の連携・タイアップも経営課題を解決する立木住職ならではのひとつの解なのであろう。
(以下写真:道源寺境内)
ハイパー御前様
「仏教も人生100年時代が来るとは想定していなかったんですよね。ライフシフトっていうけれど結局それだけ長く生きたら自分が変わっていかざるをえないというのが、私のライフシフトという概念の見立てです」
「私は宗教心は常々心の中に5%くらいでいいからお持ちなさい、と言うんです。30%、50%になっちゃうと、良い薬でも飲みすぎるとオーバードースになるのと同じで、過ぎたる宗教心は世の中の弊害となる。でも5%でも持っておけば日々悩みながら生きていく人たちの道しるべになる。本来宗教って、大脳が発達しすぎた人間にとって日々の生活の中で重圧や恐怖や将来不安で心が壊れないための必要な機能だと思います。心の病を防ぐワクチンを打つようなものです」
取材をしながら立木さんの中に僧侶とマーケッターの資質が入れ代わり立ち代わり表出する。そしてそれが極めて自然に一つの人格の中に整理格納されているのだ。
そして最後に今後の自分についてこのように語ってくれた。
「寅さんシリーズの御前様ってご存じですか?私が無事‘家族を育てる期間’を終えたらあんな感じになっていられればいいと思うのです」
と笑う。時には厳しいけれども、寅さんを含め町や地域の人々を常に優しく包み込むあの笠智衆演じる御前様の風貌を、立木さんの未来のご隠居姿に重ね合わせる。しっくり感じる部分があるのと同時に、ややまだ表現しきれていないことがあるとも感じる。なぜならこの御前様ならきっと寅さんのテキ屋としての経営課題をしっかりとあぶりだし、的確な改善策を示すハイパー御前様になるはずだろうから。。。