2023.08.29

「出番」なきリスキリングに未来はあるか?学びと仲間で見えた「Co-skilling」の可能性

今、「リスキリング」の重要性が注目を集めています。2022年10月、岸田文雄内閣による所信表明演説でもリスキリング支援についての予算投下が言及されたほか、NHKが実施したアンケート結果では、主な企業100社のうち、8割以上が「リスキリングを導入した」または「導入する予定」だと答え、その取り組みが急速に広がりつつあることがわかりました。 「しかし、一方で『どうしたらリスキリングを成功させられるのかわからない』『導入したものの失敗してしまった』と、悩みを抱える企業も数多く存在しています」――そう語るのは、ニューホライズンコレクティブ合同会社で代表を務める野澤友宏氏。40代・50代のミドル世代の人材が、自立したプロフェッショナルとして中長期的に価値を発揮し続けられるようサポートする制度「ライフシフトプラットフォーム」を運営する同社は、リスキリングを取り巻く環境をどのように見つめているのでしょうか。企業がリスキリングを成功させるために取り組むべきことや、今後広がっていく企業と個人の豊かな関係性など、リスキリングの現状と未来について野澤代表に伺いました。

ニューホライズンコレクティブ合同会社 代表/株式会社PLAN T. 代表取締役
クリエイティブディレクター、プロフェッショナルコーチ、NLPトレーナー

野澤友宏

野澤友宏さんのプロフィール:
【「教えあう社会、学びあう世界」を目指して】1999年に(株)電通入社。コピーライター・CMプランナー・クリエイティブディレクターとして、東芝・UNIQLO・ガスト・三菱地所・ナビタイム・リクルートなど100社以上の企業を担当し、1000本以上のテレビCMを制作。2020年末、電通を退社。2021年1月より「ニューホライズンコレクティブ合同会社」の共同代表として人生100年時代の新しい働き方・生き方を提案している。◆電通クリエーティブ局に配属後、日々、100案以上のCMアイディアを徹夜で考える生活をしながら、効率よくたくさんのアイディアを出す思考法・発想法を研究。「脳と心の取扱説明書」と呼ばれる最新の心理学NLPを学び、潜在意識を活用したオリジナルの発想法を開発し、さまざまな企業・学校で提供している。

リスキリングに求められるのは、個人よりも企業の「Be」

リスキリングと学び直し、何が違う? 企業と、その企業に所属する個人のキャリアを考える上で、「リスキリング」が注目を集めています。しかし、リスキリングとは一体何を指すのか、似たような言葉である「学び直し」との違いは何なのか、混乱してしまう人もいるでしょう。 リスキリングは「業務上で必要とされるスキルを新たに獲得すること」。そうイメージされる方も多いかもしれませんが、私は「企業の示す方向に沿った上で、新たな学びの機会を与えること。そして、得た知識やスキルを活かせる活躍の場を与えること」が本来の意味だと考えています。かたや、学び直しは「自身のキャリアアップやキャリアチェンジのために学ぶこと」を指し、両者の間には、主体が企業なのか個人なのかという大きな違いが存在します。 なぜうまくいかない? よくある失敗パターン では、企業はどのようにリスキリングに取り組めばよいのでしょうか? よくあるのが、企業が所属する従業員のためにオンラインの学習プログラムを用意し、従業員が学んでいくという図式です。ただ、実はこれってかなり難易度が高い。一人で講座を受けて、一人でテキストを読んで、一人でテストを受けて……と全部一人でやっていくと、どうしてもモチベーションを保つことが難しくなってしまいます。そうなると、時間をかけて受講しても、なかなか知識が身につきません。 また、企業側が従業員に、そもそも会社としてどうありたいのか、そして従業員にどうあってほしいのかを提示することも大切です。それがないまま学ばせるのは、じゃんじゃん武器だけ与えるようなもの。会社がどこにいくのかわからないまま剣、弓、盾……と手に入れても、なぜそれが必要なのか、何とどうやって戦えばいいのかわかりませんよね。従業員からしたら、せっかく得たスキルを会社の中で使えそうにないなら、外に出て武者修行したくなってしまうでしょう。こうして、「うちの会社で活躍してほしくて学んでもらったのに、スキルだけ身につけて転職しちゃった」という失敗パターンが生まれていきます。

大切なのは「何をするか」ではなく「どうありたいか」 「Be-Do-Haveの法則」をご存知ですか? それぞれ「Be=気持ちや状態/ある」「Do=行動/する」「Have=結果/持つ」を意味し、①どうありたいか ②そのためにどんな行動が必要か ③その結果何を得られるのか の順番で物事を進めようというものですが、現実問題、「Be」をすっ飛ばして「Do」から始めてしまうことが非常に多いんです。例えば、企業内でDX化を進めましょうとなったとき、じゃあ何を学ぼうか、どんな学習プログラムが必要かと、すぐに「Do(行動)」へ考えが偏ってしまいます。でも、一番大事なのはその手前の「Be」。そもそもどうありたいか、どうなりたいか、だと思うんです。 さきほどお伝えした失敗パターンに陥らないためには、企業としての「Be」を定めなければなりません。自分たちの企業は社会にとってどんな存在でありたいのか、10年後や20年後にどんな企業でありたいのかを問い直すことで、自分たちの掲げるビジョンが見えてきます。そうすれば、おのずとやらなければならないこと=「Do」もはっきりしてくるはずです。

ありたい姿、学び、仲間。これらが次の「出番」をつくる

10年後に「何をしているか」は意外と何でもいい 私たちが運営する「ライフシフトプラットフォーム」は、ミドル世代のプロフェッショナル人材がエイジレスな働き方を実現できるように生まれた制度です。電通を早期退職し、個人事業主として独立した方々が集まる形で始まりましたが、その後は電通以外のさまざまな企業に勤めている方も参加してくれています。ライフシフトプラットフォームのメンバーは、大きく分けて2種類に分けられます。ひとつは、長年の会社人生のなかで培ってきたスキルを活かしながら「人生100年時代」に向けて転身を図る人。つまりは会社を辞める前提の人、もしくは辞めて独立した人ですね。もうひとつは、企業に勤めながら今後の方向性を選定して、そのために学ぼうとする人。 リスキリングの主体は企業ですが、取り組むのは個人です。なので、個人も同様に「Be-Do-Haveの法則」に則り、「Be=自分はどうありたいか」からまずは考えなければなりません。例えば、就職活動時って「何をやりたいか」を考えるじゃないですか。でも、ミドル世代には10年後に何をやっていたいかというよりも、10年後にどんな自分でありたいかを考えてほしいのです。 正直な話、やってることは何でもよくて。「穏やかに暮らしたい」「いつまでも健康でいたい」といった風にありたい姿を想像して、自分の軸を見失わなければ、何をしていても「自分はやりたいことをやっている」という実感を得られるはずです。逆に、軸のない人は自分がやるべきことの正解を求めてしまう傾向があり、新しいチャンスが飛び込んでも「これって本当にやりたいこと?」と悩んでしまったり、挑戦すること自体諦めてしまったりします。 ※ニューホライズンコレクティブ合同会社と業務委託契約を結んだ電通出身の個人事業主は、10年間固定報酬での業務委託契約を結んでいる。 一人では難しくても、仲間と一緒なら続けられる さきほど、企業のリスキリングの話の中で「一人だとモチベーションを保ちづらい」という点に触れましたが、じつはそれこそがリスキリングの落とし穴とも言えるんですよ。一人だと、学びへのモチベーションを保つことも難しいし、新しい発見や刺激自体も生まれづらいんです。 自分が今どんな状態で、今後がどうありたいのか。「Be」を見つめ直す段階で仲間がいてくれたら、「私はこうなりたいんだ」という思いを分かち合い、お互いに刺激を生むことができます。もしかしたら、仲間の中に自分が理想とするお手本のような人がいるかもしれません。また、新たな学びを得て実践する「Do」の段階でも、誰かと励まし合ったり、アドバイスを共有したりできるほうが、一人きりでいるよりも続けやすいですよね。 スキルを学んだだけで終わらせない、「出番」の創出がカギ スキルって実践しながら身につける部分が大きいじゃないですか。でも、お仕事となると、学びたての初心者よりはプロフェッショナルに頼みたくなるものです。しかし、学ぶだけ学んで実践の機会がなければ、いつまで経っても本当の意味でのリスキリングにはならない。なぜなら、リスキリングには学んだことを仕事として生かす「出番」が必要不可欠だからです。 ライフシフトプラットフォームでは、経験を積んだプロ同志としてはもちろん、もうすこし肩の力を抜いた関係性を築くことができると思うんです。ハードル低めのお仕事から挑戦してみようという、これまでになかった挑戦の土壌づくりが可能になるのは、やはり仲間がいるからこそ叶えられることだと感じています。「自分の軸ができて、新しいことを学べて、仲間ができて楽しい!」だけではなく、新しい「出番」が生まれて、新しい仕事に結びついていく。Be、Do、Haveが揃っていることがとても大事だと思うんです。

企業と個人の新しい関係性が織りなす、豊かな未来

ライフシフトプラットフォームが提供する、学びと仲間づくりの場 ライフシフトプラットフォームでは、「学び」と「仲間」を同時に叶える状態を「Co-skilling」と呼び、ほかにはない我々独自の強みだと考えています。具体的には、人生の岐路に立つ参加メンバーたちに対し、今必要な学びを身につける時間と一生学び合える仲間を見つけるための場を設け、多種多様な講座やセミナー、ワークショップなどを開催しています。 「キャリアデザイン」「ビジネスデザイン」「コミュニケーションデザイン」の3つの大きなカテゴリーの中で、特に初期段階で重要なのが、「キャリアデザイン」で提供している、「Be=どうありたいか」を見つめ直すためのプログラムです。

メンバーには大企業出身者が多く、独立してからどのように振る舞えばいいのか迷ってしまう人も少なくありません。新しい生き方・働き方の第一歩を踏み出すためにはどんなマインドセットが必要なのか、大企業早期退職者のセカンドキャリアサポートを中心に事業を推進する、ひとり企業ファーム協会の天田幸宏先生に登壇いただくなど、さまざまな講師陣をお招きしています。中にはライフシフトについて甘く見積もっている人もいるので、心構えが大事なんだということを改めて実感してもらう、よい機会なんです。 ありたい自分の姿が見つかったあと、周囲にそれを伝え、人を巻き込んでいくことも同じくらい大切です。「コミュニケーションデザイン」では、コミュニケーションスキルアップ講座やプレゼンテーション講座などを用意しています。さらに、SNSの活用法などもいずれはプログラムに加えていく予定です。残りの「ビジネスデザイン」は、何をどう売るのかというマーケティングスキル講座などが入ってきます。 ミドルシニア世代にとって、ライフシフトが当たり前になる社会へ ライフシフトプラットフォームでは「オープンコミュニティ」の実現を目指しています。これは、企業は企業、個人は個人という枠組みを飛び越えて、両者がより緩やかに繋がり合えるコミュニティのことです。新たなスキルと人脈を獲得した個人は、仲間同士でネットワークを形成していきますが、そこから生まれるものは、企業にも社会にもいい影響を与えられるはずです。そして大企業側も、個人事業主や中小企業とより連携を強め、互いのスキルを交換しながら支え合っていくことができるのではないでしょうか。企業と個人のちょうど中間に広がる、豊穣な関係性がきっと存在すると思うんです。 これを読んでくれている方の中には、これからも同じように会社に居続けるべきか、はたまた新天地へ羽ばたくべきか、迷いを持つ人もいるでしょう。そこでお伝えしたいのは、ちょっとした勇気を振り絞って今いる場所を飛び出してみたら、これまで見たことのない、非常に豊かな世界が広がっているということです。むやみやたらに挑戦しなさいとは思いませんし、絶対に独立したほうがいいとも言いません。でも、ご自分がこうだと決めた人生に閉じこもらず、自分で次の「出番」をつくり、社会に向けて自分を開くことで、企業勤めを続けるにしても、独立するにしても、新しい可能性が手に入ると思うんです。 今、電通以外のさまざまな企業から、ライフシフトプラットフォームへのご興味を寄せていただいています。これからよりたくさんの企業さんに参画してもらい、メンバーが1万人、10万人と増えていくことで、華麗なる転身組も数多く生まれると信じています。仲間と学び、仲間と挑戦する。自分でも思いもしなかった活躍の場を得て、豊かな人生を送る人が一人でも増えることを祈っています。

編集・執筆石澤萌(sou)

インタビュー飯嶋藍子(sou)