「地元を愛す。」から作られた、アイスだけれどあたたかな仕事の話。

ニューホライズンコレクティブ(NH)のメンバー・赤松隆一郎さん。独立しクリエーティブディレクターとして多忙な日々を送りながらミュージシャンとしても活躍する非常にユニークな経歴の持ち主であることは、以前こちらのホームページの記事にも紹介させていただいた。そんな赤松さんはまた、生まれ故郷である愛媛県にまつわる作業をコンスタントに請け続けているという。それはある意味、氏のライフワークと言えるものだ。昨今、人生後半のライフシフトを豊かに行うためのひとつの手法として、移住や2拠点生活など住まいを地方に移し、地域や地元への貢献をしたいと考える人がいる。実際NHのメンバーも独立を機にそのような仕事に携わるケースが増えてきている。ただ赤松さんの場合は特に何かの転機を意識することもなく、ごくごく自然に、軽やかに故郷を元気づける作業にあたっているように見えるのだ。 今回ご紹介するのは「地元を愛す。」というスローガンを起点に、氏が愛媛朝日テレビと仕掛けた「愛す」プロモーション。ストレートでかつ実にチカラ強いこの企画誕生の経緯を聞きながら、赤松さんの心に底流する地元と仕事に対する思いを伺った。

カンガエル
クリエイティブディレクター、CMプランナー、シンガーソングライター

赤松隆一郎

赤松隆一郎さんのプロフィール:

愛媛県出身。筑波大学卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)を経て(株)電通へ。西日本松山支社、関西支社、本社CDC、電通デジタルACRCでの勤務を経験し2021年 独立。サントリー「グリーンDA・KA・RA」「やさしい麦茶」「角ハイボール」ダイワハウス「D-room」JCBカード、愛媛県観光PR「疲れたら、愛媛。」等のキャンペーン統合ディレクション、マツコデラックスのアンドロイドを制作した「マツコロイドプロジェクト」などを手がける。新ブランドや商品開発の立ち上げ段階から関わることも多く、戦略と表現の両軸を備えたクリエーティブディレクションが強み。またミュージシャンとしても活動しており「グリーンダカラちゃんのうた」等のCMソング、NHK「みんなのうた」への楽曲提供なども行なっている。カンヌ国際広告際、NY-ワンショウ、アジア太平洋広告際、全日本CMフェスティバル、TCC賞、広告電通賞など国内外受賞多数。ミュージシャン活動サイトhttps://www.akamatsu-music.com/

地元の局

「もともとは2019年だったかな。愛媛朝日テレビの開局25周年に向けてのリブランディングの仕事を依頼された際に、同局の通称である‘eat(イート)’がなかなか認知されない状況があって、それをきちんと視聴者に伝える仕組みを併せて作ってほしいという課題をいただいたのです。そのためのブランドスローガンを作ろうということから始まりました」 と赤松さんは朗らかな笑みを浮かべながら当時の経緯を語り始めた。 「自分なりに他局のスローガンを集めて研究してみたのですが、どれもなんというかイメージやムード志向なものが多くて、我々はそこにはいかないほうがよいと思ったんです。もっとみんながわかる言葉で今後どうしていくのか局の態度みたいなものを示したほうがいいと考えました。で、実際eatがやっている番組や事業の内容を棚卸してみると、例えば地元の高校野球を一回戦から地上波中継するとか、ふるさとCM大賞を主催するとか、やはり地元愛媛のことを大事に思って愛媛を愛している局だということが改めて分かったんですね」 局の態度をみんながわかる言葉で。。。明確な方向性を打ち出しつつ考えに考え最終的に提案した開局周年スローガンが、今回のキャンペーンの起点ともなる「地元を愛す。」だった。あえて「愛媛」と言わず「地元」としたのは、局にとっては愛媛そのものであるし、視聴者にとってはそれぞれの地域として変換認知してもらえればよいという考えからだ。一見非常にシンプルで当たり前のような言葉であるが、実は他局がまだ言及していない空白のポジション。そこを押さえてしまいましょうという提案だった。さらにeatを確実に覚えてもらうためにeatフレンズという3人(匹?)のキャラクターも同時に作成した。 「無事ローンチしたのが2020年だったのですけれど、たまたまコロナ禍でCM枠が割と余っている時だったこともあり、eatさんの枠のいたるところでたくさんCMを流してもらうことができたのです。もちろん♪地元をあ~いす~、のサウンドロゴは僕が作りました(笑)」 スローガンと社名、キャラクターとサウンドロゴ。狙いは功を奏し、愛媛では「地元を愛す。」と誰かが唱えれば「eat(イート)!」と答えるくらい周知されるようになった。

地元のアイス

更にプロモーションを広げるために2年目以降の施策を考える赤松さんだったが、そのアイデアは意外なところで生まれたという。 「eatさんで打ち合わせをした後、いつもタクシーを呼んでもらってロビーでeatの担当の方たちと雑談するんですよ。 10分15分くらい。そこで冗談っぽく地元を愛す、だからアイスでも作れたらいいですね、という話になって。‘地元を愛すアイス’です。みんなで笑いながら、それできたらいいですねーと(笑)」  とはいえ現実的には製造から行うのは大変だし、流通をどうするのだろう、、、など、様々な関門があることがわかっていた赤松さん。その時点ではいつかできればいいなくらいにしか思っていなかった、と告白する。 ところが。。。 「eatの部長さんからある時連絡があって例の件、実現できそうですよと!」 地元の有力な流通チェーン「フジ」のバイヤーにこの話をしたところ、とても乗り気になってくれてウチで売ってもいいですよ、とのことだという。 「そこからはとんとん拍子でした。製造についてはチェーンに出入りしているアイスクリーム商社の南商事さんにフジから話をしてくれて。じゃ素材は?ということでやっぱり愛媛特産の柑橘系にしようとなったんです。特に西日本豪雨でかつて大きな被害を受けた宇和島産のブラッドオレンジを使えたら地元に対するエールにもなると思ったのです」 かくして原料も、製造も、流通も、宣伝も、そして買う人も地元という類まれなるアイスクリンが誕生することとなった。これまた現地eat社員のご子息とその友人を起用したCMを制作しオンエアをしたところ、商品は売れに売れたという。現在はブラッドオレンジに加え同じく地元特産のキウイ味も好評発売中とのことだ。

地元の人々

赤松さんは今回の作業に限らず、地元愛媛にまつわる仕事に多く携わっている。道後温泉の観光PR、ミュージシャンとしての活動「ごごしま音楽プール]の開催、興居島(ごごしま)と松山を結ぶフェリー「しとらす」の船内BGM・イメージソング制作などなど。 インタビューを通して筆者が気づいたのは、氏がそれらの話をする時、ずっと素敵な笑顔を湛え続けているということだ。実に嬉しそうなのである。それは東京での仕事とは違ったものなのであろうか。 もともと高校卒業までは愛媛で暮らし、大学卒業後は銀行員などを経験されたのち巡り巡って電通西日本の松山支社に入社。赤松さんにとってはそれが広告の作業にあたる端緒となった。聞けば今回のアイスクリンの流通をつかさどった「フジ」も、当時クライアントとしてクリエーティブの担当をしていたそうだ。その時のことを以下のように振り返る。 「もう25年くらい前の話になりますが。銀行員をやめていきなり広告代理店のクリエーティブとして仕事をすることになった、海のものとも山のものともわからないような僕を、周りの方々が本当に優しく受け入れてくれたんです。素人同然のような企画を、クライアントさんも松山支社の人々も根気強く見守ってくれて・・・すごく育ててもらいました。なので、そのころに比べていろいろできるようになった今、こちらの作業で声がかかったらもう、、よほどのことがない限りは、すべて引き受けるんです」 と苦笑交じりに、でも心底楽しそうに語る。やはりそこには地元への恩返しのような気持ちが入っているのだという。 松山支社では6年勤務、その後電通本社に転籍し大阪と東京で大手クライアントの仕事も手掛けるようになったが、地元の仕事との接点は失わないまま今日に至る。独立してNHメンバーとなり環境も後押しするようになった今後は、徐々にこちらのワークシェアを増やしていきたいと考えているそうだ。 「実は今月から松山市のシティプロモーションアドバイザーという肩書をいただくことになりまして、、、」 これまでの東京でのクライアント作業やミュージシャン活動は変わりなく続けながら松山市の特別職非常勤職員として契約し、広報やPR活動のクリエーティブディレクションやアドバイスを行うことになったという。 赤松さんの地元への本格的な恩返しが始まりそうだ。 (以下写真:「ごごしま音楽プール」で歌う赤松さん)

地元を愛す

冒頭にも述べたように、赤松さんが今地元に対して積極的に活動を行っているのは、何かの転機を迎えて始まったというわけではない。ご本人は「何も計算はしていませんでした」と言うが、きっと軸足自体が(自分でも気づかぬまま)地域にいつもそっと置かれていて、そこを基点としてぐるっと旋回、人生のこの時期に今一度愛媛に戻ってきたかのように見える。 そして再び出会う人々とは、かつてと変わらずあたたかくて真摯な信頼関係で結ばれている。軽口のように赤松さんが口走った「愛すアイス」はきちんと相手の心に根を張り、様々な地場産業を巻き込んで実現の具体を作り出した。 何から何まで「地元を愛す。」で包まれた今回の施策。筆者はインタビューで相手に聞くお約束の質問を投げかけてみた。返される答えをなかば予想しつつ。 ―今回の作業で何か大変だったこと、苦労したことはありますか? 「いえ、なーんにもありません!」 CMの中でアイスクリンを食べる子供たちと同色の屈託のない笑顔が、とてもまぶしかった。

ライター黒岩秀行