人と向き合う仕事への思い。マンション管理士・伊藤勇志さんが描く未来図とは。

「マンション管理士」という職業があることをご存じだろうか。言葉通りマンション管理に関する専門家で、住民や管理会社に対し主にその維持や運営に関する提案・アドバイスを行う人たちである。国家試験を経て得られる資格であり、合格率10%という難関だ。伊藤勇志さんは電通を退職し、ニューホライズンコレクティブ(NH)の制度に参加すると即座にこれを取得した。そして今、この資格を起点に不動産にまつわる様々なチャレンジを始めている。もともとは金融業界の出身、その後広告業界を経、独立へと進む中でどのような人生の目論見書を描いてきたのだろう。

株式会社フロムGOZERO/マンション管理組合応援団
マンション管理専門家、経営コンサルタント、IR業務アドバイザー

伊藤勇志

伊藤勇志さんのプロフィール:
大学卒業後、国内外の金融機関に14年、電通グループで14年仕事をしてきました。電通グループでは、デジタル領域を得意として、事業戦略から会社設立、予算管理、IRなど経営企画セクションの幅広い業務に携わりました。金融機関と電通グループの28年間をの仕事を通じて「本質理解力」と「新しいものへのアンテナ」を磨き、強みにしてきました。豊富な経営企画業務の経験をコンサルティングや講義・セミナーの場でお伝えしていく一方で、マンション管理士としてもこの強み生かし、皆様のマンション住まいが少しでも豊かになるための活動をしております。「マンション管理組合応援団(https://kanrikumiai-ouendan.com)」という情報サイトを運営していますので、是非一度ご覧いただけたら嬉しいです。

人の役に立つ実感

伊藤さんのキャリアは1992年、ある大手銀行への就職から始まった。当時注目を浴び始めた金融デリバティブ商品※を扱う部門に配属され、仕事の業績を評価される。その結果、外資系証券会社にヘッドハンティングされ、好条件でのサラリーも約束されていた。ただ、30代半ばのころ、氏は全く違う業界へ自ら望んで転職することになる。その理由について、 「私が担当してきた業務は、極端な言い方をすると、ゲームに近いのかもしれません。ゲームで勝ったらお給料が多くもらえる、みたいな。それって地に足がついていないっていうか。もっと自分のやっていることが人の役に立っているという実感をダイレクトに得たかったんですよね。で、若くて将来性のある事業会社に行こうと思って、とあるツテから当時電通の子会社だったサイバー・コミュニケーションズ(cci)に移ったんです。これからの日本経済を作るような会社に行きたいとか言いつつ・笑」 これが2006年のこと。給料の額はまったく二の次だったそうである。配属されたのはそれまでの業界での知見を見込まれ、経営企画部だった。cciはその後電通の100%子会社となるが、TOBの条件交渉など親会社との交渉窓口としても対応することとなる。さらには上司からの勧めもあって、親会社で取引先でもあった電通の中途採用試験を受け合格。経営企画局の部長を経て現在の電通デジタル社の立ち上げにも尽力することとなる。 経済の血流ともいわれる金融の世界で磨き上げられた経験値を、当時まだ黎明期であった企業のデジタル戦略に敷衍してきたのが伊藤さんのキャリア第2章となった。 そして2020年、NHの制度と出会うこととなる。 ※金融デリバティブ商品:金融派生商品とも呼ばれ、株式、債券、金利、為替などの原資産の価格を基準に価値を決める金融商品 (以下写真:金融マン時代の伊藤さん)

自分個人のバリューを

「50歳で次の20年の準備を始めようと考えていて、タイミングよくNHの募集があったので迷わず手を上げました。足掛け28年間2つの業界でサラリーマンとして働いてきて、次は自分個人のバリューで生きていく士業というものに興味を持ち始めていたのです。その中でマンション管理士を考えたのは、今後マンションがどんどん増えていく中で日本の成長分野であろうこと。自分が自宅マンションの理事をやっていたこともあって、需要が非常に見込める職業だと実感もしていました。まだ人数も全然足りていないんです」 そして独立した年の資格試験に、見事合格。伊藤さんにとっては全く新しいフィールドでのビジネスの構築が始まることとなったのだ。 ただ伊藤さんはこのようにも語る。 「僕は特に不動産の仕事に興味があったわけではないのです。大きなお金を動かしての土地の売買とか、仲介とか、不動産投資とか、それって右から左にモノを動かして手数料をもらうものですが、昔やっていた金融の世界に近くて、あまり興味がわかない。マンション管理士は広く言えば不動産業のひとつですが、それとは違うのですよね。やはり組織や人に対してのコンサルをするものなんですよ」 つまり人と向き合う仕事でありたいということなのだ。 具体的にはどんな仕事をしているのだろう。 「いま管理士の作業のひとつとしては、業務委託を受けて電話相談係をやっています。週に1、2回くらいのペースで東京都の行政団体や東京都マンション管理士会の事務所で、マンションに関するお悩み相談を受けています。管理士としてのキャリアを積むためのはじめの一歩みたいなものですね。しっかり生計を立てるには最終的には個別の管理組合からコンサル契約や顧問契約をもらうことになるのですけれど、今出入りしている組織の中の横のつながりからお声掛けいただくこともあるのです」 説明する伊藤さんの眼差しは、とても輝いている。 そしてもう一つ。伊藤さんの独自の試みとして行っているのが「マンション管理組合応援団」サイトの運営だ。マンションに関する素朴な疑問に素人にもわかりやすく答えるサイトで、良質なコンテンツが満載だ。読み物としてもとても面白いので、ぜひご覧になっていただきたい。記事はすべて伊藤さん自身が執筆しているそうだ。 「もともとは自分が管理組合の理事をやっていた時に、管理についての専門用語にいろいろ出くわすのですが、ネットを調べてもなかなかヒットしなかったんです。そういった検索に気軽に答えるサイトがあったら便利だろうな、と思って自分で立ち上げました。それと管理士としての業務の受託は通常、先ほどの管理士会などの経由でのあっせんが多いのですが、そうではなく、ネットマーケティングを通しての顧客の獲得もできたらよいなと」 まさに氏のデジタル分野での経験値を生かした発想である。ただサイトの中ではあまり営業色を押し出すのではなく、あくまでユーザーの悩みに対して答える形を取り、今はひたすら良質なコンテンツを提供することに注力しているという。最終的に「この記事を書いている人はどういう人なんだろう」と思ってくれればよい、という戦略だ。 「おかげさまで、オープンから2年でマンション管理分野でのサイトとしてはトップクラスのPVを稼ぐようにはなりました」 とのことだ。

マンションの終活にも

こういったマンション管理士関連の仕事以外にも、今伊藤さんの日々は忙しい。NH内では「不動産サークル」を立ち上げ、自らが幹事として運営する。登録メンバーは50人を超えるということだ。 「不動産というジャンルはとても広いんですよね。売買、賃貸、リゾート投資、空き家開発、地域開発、都市開発、、、サークルの運営当初はその分野の専門家の方々を呼んだり、あるいはメンバー自身にその道のスペシャリストもいたりして一緒に勉強会を開いていました。まあ今はネタも一回りして、よりメンバー個人の不動産関連の相談や座談会が多くなっていますね」 またNHを通した仕事として、不動産コンサル会社への支援業務も始めた。 「今お手伝いを始めることが決まったのは、マンションの建替えコンサルを主な業務としている会社なのです。そういった仕事はマンション管理士である必要もなく、建替えたり更地にして売却するといった時の調査、手法の選択、そして住民の合意形成。そのためのアドバイスをしたりするのです。いわばマンションの終活に携わるわけです。私の中ではそこまでしてこそ、マンション管理だとは思っているのですけれどね」 伊藤さんが言うには人が不動産に対してある選択をする時、一番大きな要素になるのはやはり経済的な部分。そしてそれと同じくらい重要なのは、住民がどのような思いでそこに住んでいるかに対しての意見集約だとのことだ。前者については氏の社会人生活前半で培ったキャリアの専門的知識をもってアドバイスができる。後者はキャリア後半で重要視した人との向き合いの部分だ。こういった今の仕事の特徴がとても面白く、自分に合っていると話す。

毅然と、自然体で

独立し、今仕事をしている中で感じていることを伊藤さんに改めて尋ねると、以下のように答えてくれた。 「何でもそうだと思いますが、看板もない未経験者の無力さは、この3年しっかり味わいました。それはわかっていたことなので、受け入れています。むしろ、未経験なのに信頼をしてくれたり、声をかけてくれる人が少しずつ増えていくことを楽しんでいます」 氏の毅然としつつも、どこか自然体のチャレンジ精神が言葉から伺うことができる。 NHの制度に出会い、時間的にも気持ち的にも余裕をもって次のビジネスが始められた。そして、なんといっても今は家族との時間もしっかりとれるようになった、とも嬉しそうに話してくれる。 伊藤さんの人生の管理規約にはきっと「自分の心に従って、常に前進するのみ」などと書かれているのだろう。

ライター黒岩秀行