今回取材するのは、電通から独立後も様々なビジネスシーンに華麗に出没し、また思い悩む姿を見かけないことから、知人をして「蝶のような人」とも表現されるニューホライズンコレクティブ(NH)1期生の水野和佳さんです。
個人的にも、この方のライフシフト観は以前からぜひ聞いてみたいと思っていました。というのは、水野さんはすでに電通の社員時代から「ライフシフト」という概念を体現する自由さに溢れた生き方をしてきているのです。
そんな水野さんの「人生」と「ライフシフト」は、現在どのように組み合わさっているのでしょう。
水野和佳さんのプロフィール:
1976年大阪生まれ、10歳から16歳までアメリカ・イリノイ州で過ごす。京都の大学を卒業後1999年に株式会社電通に入社。大手ゲーム会社、化粧品メーカーを始めとする多種多様な企業のコーポレートコミュニケーションやマス広告制作におけるアカウントマネジメントを約20年担当。業界内外への幅広いネットワークを駆使した人材マッチング及びプロジェクトマネジメントを得意とする。2021年に独立後、現在はモデル、タレント、スポーツ選手などのマネジメント、楽曲・MV制作、ギフトラッピングビジネス、チョコレート開発、児童英語講師などを行っている。
水野和佳の仕事:ある日の撮影スタジオにて
2024年2月のとある日。
都内赤坂にある撮影スタジオに、プロゴルファーの横峯さくらさんの姿がありました。今年から個人事務所を構え、今日はサイトリニューアルに向けたポートレート写真の撮影をしているのだそうです。
そして、撮影した写真を真剣な表情でチェックする横峯さんの隣で、温かくモニターを見つめているのが、ニューホライズンコレクティブ(NH)1期生の水野和佳さん。水野さんは横峯さんの個人事務所の窓口を担当しているのです。
横峯さんだけではありません。水野さんがマネジメントやエージェント業務を請け負うタレントやアスリートは、サッカー選手の宮市亮さん、モデルの櫻井貴史さん、モデルでタレントの大倉士門さんなど、錚々たる顔ぶれです。
電通時代にPRやクリエーティブなどでタレントと接する仕事も多かった水野さん。独立してスポーツ選手や芸能人のマネジメントを手がけるというのは、いかにも華やかな転身ストーリーに見えます。
−独立後にタレントマネジメントの仕事を積極的に選んでいるのは、水野さんのセルフブランディングといった狙いもあるのですか?
「いえいえ、そういうことはまったくなくて(笑) むしろ直接頼まれたりご紹介頂いたりしてこうなったという感じですね。さくらちゃんとは知り合って10年くらいになりますが、ご主人の森川くんとはその前から面識がありました。友人として食事に行ったり国内やアメリカの試合を応援しに行くような関係から、今回さくらちゃんの個人事務所を開設するにあたってサポートしてほしいという電話がかかってきて、二つ返事でお受けしました(笑)」
他にも、宮市亮さんはその森川夫妻の紹介だったり、大倉士門さんは電通時代の後輩からの紹介というご縁だったそうです。その前に担当していたシンガーソングライター/ラジオパーソナリティの光永亮太さんとは幼なじみだったこともあり、既に電通在籍時から一部サポートをしていたのだとか。
「昔から何かと相談を受けることが多かったです。頼まれたら決して断らずに必ず何かしらコミットしたいというタイプで、もちろん自分の知らない分野の相談もいっぱいありますが、知らないことは知っている第三者に訊いてでもその人に応えたい性格なのかも(水野さん)」
自らコネクター(つなぐ人)を標榜する水野さんは、そういった相談や期待に応えることこそが自身の仕事の流儀だと言います。
「先ほどセルフブランディングという言葉が出ましたが、そういう意味では幅広い人脈があること、頼めば誰かに繋いでもらえると思ってもらえることが、自分の唯一のブランディングだといえます」
撮影した写真の映るモニターを見つめる横峯さん(中央)と水野さん(右)
出し惜しみをしないこと。それはいつの日か必ず最もよい形で返ってくる
ここで簡単に彼女の経歴を振り返ってみます。
電通ではゲーム業界やスキンケア・化粧品といった業界の顧客を担当し、PRやクリエーティブ、ブランディング領域の仕事をしてきた水野さんですが、その間も光永亮太さんのマネージャーをしたり、知人とギフトラッピングの魅力を伝えるサイトを作ったりと、早くも自由人ぶりを発揮しています。
「もともと、今日は今日のこと、明日は別のことができるような仕事をしたいと思ってきました。新卒の就職先として電通を選んだというのも、それができそうという要素が大きかったと思います(水野さん)」
NHでは、クライアントへの提案案件やNH自体のブランディングにつながる各種企画の相談で多くのメンバーから声をかけられることが多いそうですが、その傍らで月に一度メンバーの活動や関心の高いテーマを紹介するトーク番組を配信し、そのMCも続けています。
そんな八面六臂の活躍をしている水野さんのスケジュールを実際に見せてもらうと、ある日は顧客企業に新製品のローンチプランをプレゼンしたかと思えば、別の日にはTOEIC985点の英語力を生かして近所の子どもたちに英会話のプライベートレッスンをしたりと、実に多様で多忙な日々です。
−キッズの英会話レッスンまで手を広げているのですね?
「それも最初は頼まれたからということになるのですが、子どもたちに英語を教えることは自分の復習や新たな気づきにもなるので、私にとっても意味はあるのです。先ほどのエージェントやマネジメント業務も、自分のフィールドや人脈を広げることに役立っています」
「とにかく依頼されたことに対して出し惜しみをしないということに尽きます。それはいつの日か必ず、最もよい形で返ってきます(水野さん)」
出し惜しみをしないとは、言葉を換えると自分の好奇心をフルに実現していくことでもあるようです。独立後の水野さんは広告やマーケティングの仕事にとどまらず、インテリアショップのプロデュースからバイヤーまでをこなしたり、なんとチョコレートのプロデュースも手がけています。
元々チョコが好きで、以前海外で出会ってそのおいしさに感激したチョコレートがあったという水野さんは、その味の再現を幼なじみのショコラティエに依頼。風味豊かなチョコにピーカンナッツたっぷりのPECAN CHOCOLAT par Chocolatier FUMIという商品が出来上がりました。
PECAN CHOCOLAT par Chocolatier FUMI https://chocolatierfumi.studio.site
コロナ禍での海外出張。2週間の自宅待機中に思い立ってライフスタイルを一変
独立後の2021年10月、インテリアのバイヤーの仕事で海外出張したことが、その後の水野さんのライフスタイルを大きく変えることになります。渡航当時は新型コロナ対策の水際措置が緩和されたとはいえ、まだ帰国後の2週間は自宅待機が求められていました。
「2週間も家にじっとしていることなんてなかったので笑、その間にできることを考えたとき、保護犬猫の預かりさんをすることを思い立ちました」
「預かりさん」こと預かりボランティアとは、シェルターなどに保護された動物を自宅に預かり、時間をかけて人慣れさせて里親に繋ぐまで面倒を見るボランティアです。
「子どもの頃から家に犬がいたこともあって、動物のために何かしたいという思いはずっと持っていました。しかし会社員の頃は時間的制約もあり、寄付活動はできても保護活動に物理的にコミットすることができませんでした(水野さん)」
新型コロナの水際措置に背中を押される形で、動物保護活動に大きな比重を置いた水野さんの生活が始まりました。初めて2匹の犬と猫を預かってから現在までの約2年半で、犬4匹と猫52匹の計56匹を預かり、なんとそのうちの52匹を新しい家族の元に送り出しています。
預かりボランティアと一口に言っても、ライフステージや生活環境の違いからそのスタイルは様々で、動物を預かる以外の例えば健康管理などについては消極的になるケースもありますが、水野さんの活動は徹底しています。ある時、預かっている猫がFIP(猫伝染性腹膜炎)という放置すれば100%死に至る病気に罹った際には、高価な治療薬を毎日同じ時間に数ヶ月にわたって投薬して快癒させました。また生まれつき食道の機能不全を患っていた仔猫が、食べ物がうまく胃まで流れないことによる誤嚥性肺炎に襲われた際には、約2週間の緊急入院をさせて命を救いました。費用についての言及は差し控えますが、人間と違って保険等の適用もないため(※)、いずれも私たちの想像を超える高額の費用です。
(※自分で飼っている犬や猫であれば、保険加入も可能です)
ボランティアやチャリティー活動にも一流のクオリティを提供
必要とされているときに出し惜しみをしないことが、いつか必ず最もよい形で返ってくる。
そんな水野さんの言葉を裏付けるのが、インフルエンサーにしてパーソナルスタイリスト、タレント、デザイナーなどマルチに活躍する大日方久美子さんとの出会いでしょう。
ともに動物の保護活動に力を入れている水野さんと大日方さんは、かねてから知人経由でお互いの動物保護活動の話を聞いていました。やがて機会があり実際に会ってみると、同い年であることや共通の知人が多いこと、ともに積極的な動物保護に対する姿勢などから意気投合し、二人の交流が始まりました。
その後、上述のように水野さんの預かっている仔猫が緊急入院した際に、大日方さんは水野さんにある提案をします。それは大日方さんが自身のインスタグラム等でチャリティー商品の応援購入を呼びかけ、その収益を入院費用に充てようというものでした。そして、販売する商品として白羽の矢が立ったのが、水野さんのプロデュースしたあのピーカンナッツチョコでした。
もとよりラッピングは得意分野です。発送するチョコには1枚1枚丁寧なラッピングと手書きのメッセージが付けられました。まさに一流のPRエージェンシーのような丁寧さです。味を吟味し、パッケージも趣向を凝らして開発した渾身の商品だったこともあり、チャリティーにしては異例のリピートや大量発注が相次ぎました。
写真:色とりどりのリボンや包装紙でラッピングを施されたチャリティ販売のチョコレート
大日方さんが振り返ります。
「私がインスタに投稿したりストーリーに上げたりして、その後は和佳ちゃんが購入者のリスト作りから商品発送と消し込みをするという分担でしたが、さすが元電通というか(笑)ものすごい数の商品発送を完璧にこなしてくれました。購入者は私のSNSの大切なフォロワーさんたちですが、クレームはひとつも来ませんでした」
その後、大日方さんが東京や関西で開催するチャリティーフリマにも、水野さんはチョコレートをチャリティ商品としてブース出展をするようになり、来場者の人気を博します。そういったフットワークの軽さもまた、水野さんの活動領域を広げる原動力なのです。
「例えばチャリティーフリマをやろうと呼びかけるとき、多くの人は『えっ、でも…』となりがちなのですが、和佳ちゃんは二つ返事で『いいね。やろう』という感じで(笑)」
「実際に集まってきてくれても、中には『何をどうやったらいいか全く分からない』という人も多いのですが、そんな時に和佳ちゃんは『久美さんがそれやるなら、じゃあ私はこれをやるね』といってまず動き出してくれて。そんな和佳ちゃんを見て周りの皆んなも『それなら私はこれを!』と追従するように動き出す。和佳ちゃんの存在は大きいですね(以上、大日方さん)」
写真:チャリティーフリーマーケットでの水野さん(中央)と大日方さん(右)
単なるフリーな生き方ではなく『ライフシフトする』というプロセスが重要
「まわりにいるNHのライフシフターの皆さんを見ていて思うのが、誰一人として後悔してないんです」
取材の冒頭、水野さんはこちらの質問を見透かすかのように、自身のライフシフト観を語り始めました。
「やはり人生は一度きりですし、死ぬときに後悔しないことが大切です。ライフシフトするとすべてを自分で決められるし、好きに生きられるという意味でぜひ皆さんにお勧めしたいですね」
−すべてを自分で決め、好きに生きることができる、とは具体的にはどういうことですか?
「例えば、顧客対応などに非常に気を遣う代わりにフィーが高い仕事と、楽しい現場だけど対価が少額の仕事であれば、私は断然後者を選びます。仕事を対価だけで判断するのではなく、むしろ『この人と仕事をしたい、この仕事をしたい』という感覚を重視しているのです。すべてを自分で決め、好きに生きるとはそういう意味です。もちろん、関西勤務時代に購入した不動産の賃料収入があったり、独身で身軽だったりという個人的背景もあるので、一概にその基準をすべての方にお勧めするという訳ではありませんが」
立て板に水の回答だったので、ちょっと意地悪な質問もしてみました。
−それなら、企業に入ってから退職して独立するよりも、最初からフリーランスで活動する方が自由度は高いといえるのではないですか?
「いえ、学生が卒業後いきなりフリーランスで活動するというのは、ちょっと違う気がしています。若い人には一度企業に入ってがむしゃらにやって、その組織の中のルールに従うこと、ある程度『型にはまることの不自由さ』といったものを体験してほしいと思います」
「そういったことを一度経験することで、自分が本当にやりたい仕事や、生きたい生き方といったものが見えてくるのではないかなと。単にフリーランスな人生を生きることに価値があるのではなく、『ライフシフト』というプロセスを踏むことに大きな意味があるのだと思います」
「企業と働き手の関係の変化、最近ではコロナ禍の影響もあり、現在は空前の副業ブームです。だから必ずしも会社を辞める必要もありません。ただ、好きを仕事にし、好きなことに人生の時間をかけ、それによって必要な人脈が広がっていく。そんな生き方にシフトしてみることも、選択肢のひとつだと思うのです」
まさに圧巻の水野語録。真に自由な生き方に立てば、退職/転職/独立といった企業人のステータスの変化が一過性の「転機」として人生に作用するのではなく、ライフシフト的な思考や行動はすでに企業に在籍している時から人生に織り込まれるべき、と水野さんは言うのです。
今回の取材にあたり、「自由人」である水野和佳さんが独立&起業というライフシフトを経てさらに自由度が加速、といったイメージを持って臨んだのですが、彼女の答えはこちらの筋書きを大きく超えるものでした。
「目から鱗が…」と言いかけて、就職や就業、昇進やジョブホッピングといった人生設計の線形化が世界標準になる以前、人生とはそのようなものだったかも知れないと、少し懐かしく感じたのも印象的でした。
水野和佳さん https://lifeshiftplatform.com/member/103 @wakamarro11
大日方久美子さん@kumi511976
完成した横峯さくらさんのオフィシャルサイト https://yokomine-sakura.com/