ぬりえが人を呼ぶ、地域をつなぐ。三木美術館活性化プロジェクト。

世界文化遺産・国宝姫路城を間近に仰ぐ一角に三木美術館はたたずんでいる。美樹工業株会社の創業者・三木茂克氏のコレクションを土台として収められた近代美術は約1000点にものぼり、先端的なデザインを施された建築は地域の美術文化の振興の象徴ともなっている。 そんな美術館からある相談を持ち掛けられたことから、今回の作業は始まった。ニューホライズンメンバー赤木さんがそこに示したいくつかの提案は、やがて街全体を巻き込む形で大きなうねりとなり、美術館、さらには地域活性の気熱として広がっていく。

赤木洋事務所/株式会社ポーズコレクション

赤木洋

赤木洋さんのプロフィール:
1971年生まれ。東京藝術大学美術学部芸術学科卒業。東京大学学際情報学府修士課程終了。毎日広告デザイン賞最高賞受賞、グッドデザイン賞など受賞多数。#CMプランナー#コピーライター#クリエーティブディレクター#戦略プランナー#戦略コンサルタント

地方の私設美術館が抱える共通する問題点

三木美術館からの相談はいたってシンプルなものだった。これほどの美術品と規模、設備を持ちながら、コロナ禍で姫路への観光客なども減り、来館者が日に10名ほどという日もあり、このような状況を何とかならないか、というものである。赤木さんの考えは、 「なにより地域の皆さんがまだまだ美術館自体をよく知らないのではないかと思ったのです。三木美術館の『三木』とスポンサーである美樹工業の『美樹』がリンクされてもいない。まずはそこをきちんと結びつかせて、来場者の収入で美術館の収支を黒字にするのではなく、本業の社業に貢献させることから手を付けるべきだと思いました」 そこで美術館のロゴを刷新し、その下に「collectioned by 美樹工業」と必ず明記することを提案した。施設を黒字化すること以前に、館の企業における存在意義を再定義しようというこの意見は早速取り入れられた。 そしてもう一つの集客に関する提案は「ぬりえコンテスト」の実施である。れっきとした美術館にぬりえ、という発想自体奇抜ではあったが、 「絵画コンクール、ではだめだと思ったのです。どうしても参加者の間口が狭くなってしまうので。最近は『大人ぬりえ』なども流行っているし、誰もが気軽に応募できるぬりえがいいと提案しました」 それが今回大きな話題を生んだ第一回「姫路城ぬりえアートコンテスト」とへと発展していくことになる。応募期間は2022年10月12日~11月11日の1か月。その間に結果、1歳から103歳の応募者から実に1800点を超える作品が寄せられ、授賞式の様子はローカルテレビでもニュースとして取り上げられた。 この成功には赤木さん自身の想像も超えた地元企業の求心力が働いたという。さらに詳しく話を伺った。

地元企業の信頼

「僕たちの提案は、主に美樹工業と三木美術館に対して行ったのですが、実は美樹工業の社長は姫路市の観光大使も務めてらっしゃいました。地域の様々な人脈と非常に深いパイプを持っていらしたのです。で、まずは姫路市長のところに話を持っていってくださったのです。そしたら姫路市がまず後援についてくれた。それに加えて姫路市教育委員会も後援についてくれることになったんです」 と、とんとん拍子に話が進み始める。 「そうしたらですね、姫路市内の市立の幼稚園、小学校、中学校まですべてにこのぬりえの台紙を配布してくれることが決まったのです」 この時点でぬりえの台紙が4万枚は必要になった。嬉しい話ではあるが、想定していた印刷数と予算を大きく超えることになる。 「そして、協賛・後援企業も募りましょうと。すると地元の様々な企業が皆さん協力してくれて、あれよあれよという間に40社ほどから協賛をいただけることになりました」 協賛金だけでなく、コンテストの賞品を供出していただけるメーカーさんもあれば、交通系の企業からは無償で広告のスペースを提供してくれたり。ローカルの新聞社やコミュニティFMも積極的に話題として取り上げてくれることになる。 アプローチをすべき企業や自治体を隅々までピックアップしリスト化したのは主に赤木さんチームの作業だったが、実際に訪問し交渉をするのは美樹工業の担当の方々だったという。コンテストが美樹工業の主催によるものだと伝える一つの方策としてそのような形を取ったのだが、これほど多くの協賛を二つ返事で取り付けられたのは、やはり長年に渡って地元で良好な信頼関係を築き上げてきた企業のチカラであると赤木さんも驚きを隠さない。 「結果、参加者のほぼ全員に何らかの賞品をお渡しすることができました。12月11日に行った授賞式には清元秀泰姫路市長にも参加いただき、大いに盛り上がりました」

来館の仕掛け

今回の企画全般はマーケティング・イベント運営会社:株式会社ヴァーティカルからの委託を受け、赤木さんが中心となって練り上げたもの。骨格を決め実際に動き始めると、その作業は多岐にわたった。上述したアプローチ先のリストアップ以外に、協賛社向けの企画書作成、応募計画、展示計画、広告物制作、PR戦略、告知動画制作、授賞式などのイベント進行・運営など、、、。プロジェクトが広がりを見せるたびにその規模も膨らんでいった。 「本当はもっとこうしたかったという点もあり、来年へ新たな課題も見つかりました」 と振り返る。 より多くの人々がコンテストに参加し、美術館に訪れてもらうために工夫も凝らした。姫路城のぬりえ台紙を「シンプルぬりえコース」と「細密ぬりえコース」の2種用意し、小さな子供からハイレベルな形での参画まで対応できるようにした。また作品応募には必ず美術館に来てもらうことを条件としたのだ。 「実際に応募作品を見てみると本当にクオリティが高くて驚きました。今は1800点以上の作品を期間を3回に分けて全て展示しています。参加者には美術館の招待券も1枚贈呈しているので、子供や孫のぬりえを観るために家族そろって来館してくれる方もあります」 そのような工夫もあり、当初1日10人ほどと言っていた来館者は確実に増え、賑わいを見せるようになったのである。

地域全体の振興へ

今回の作業を振り返って赤木さんが特に感じた面白さは、 「地域の核となる人々と組めると、こんなにもプロジェクトが盛り上がるんだ」 という事実。それぞれが持つ地元への愛情、相互の信頼関係を手繰り寄せれば自然と企てが広がっていくことを目の当たりにした。 今回の成功で「姫路城ぬりえアートコンテスト」は毎年恒例の行事として定着していくことがほぼ決まっている。 「気の早い話なのですが、すでに5年分の協賛をすると言ってくださる企業もあるのです」 と口元を緩める。今後の構想としては三木美術館を起点にしつつ姫路市や他の公共施設、地元企業ともさらに連携を深め、地域全体の振興、観光支援に取り組んでいきたいと熱く語ってくれた。 「あと美術館の作品に表示されている解説文ももう少し面白くしたいですね。酒好きの横山大観は飲み代金として絵を描いて蔵元へ置いていった、とか。そんな作者の人柄まで伝わってくるような楽しい解説・・・笑」 姫路城というシンボルを「ぬりえ」に変換し、誰もが参加できるコンテストとして地域の人々の心を彩った今回のプロジェクト。まだまだ描きつくせていない展開がこれから楽しめそうである。

ライター黒岩秀行