いざ鎌倉!寺社コワーキングスペース開発の先に見る世の姿。

鎌倉若宮大路の雑踏を背にして、JR線沿いの大町大路をつたい15分ほど足を進めると観光客の喧騒が途絶える閑静な住宅街に入り込む。その深奥部といった区画で、目的地である安国論寺にようやく行き着いた。晩秋の落葉が敷き詰められた参道を静かに上ると、いかにも鎌倉の古刹らしい山門が筆者を見下ろしている。と、その脚元に少し風変りな立て看板が目に留まった。 「鎌倉ワーケーション@安国論寺」。 ニューホライズンコレクティブ(NH)のメンバー、土田さん、山同さん、湯原さんが今取り組んでいる鎌倉での寺社コワーキングスペース開拓。その活動の幕開けを告げるタイトルでもある。ここに至るまでどのような道のりを辿ってきたのか、そして何を目指しているのか、話を伺った。


Producer, Homecook

土田雄介

土田雄介さんのプロフィール:

鎌倉葉山で共創型まちづくり
ソーシャルダイニングはじめました
ワーケーションと地方創生
ホスピタリティビジネスプロデュース

(株)エスアンドオー
プロデューサー、プロジェクト・マネジャー

山同真

山同真さんのプロフィール:

課題解決策の編集家。「なんとかする」プロデューサー。可能性に火を灯すトーチ師。次代の人と事業の価値を発掘し伸ばす、株式会社エスアンドオー代表取締役。慶應義塾高等学校/慶應義塾大学を卒業後、1988年、株式会社電通入社。マーケティング戦略プランニング、人事制度設計、ビジネスプロデュース、人財成長戦略設計などの経験を経て2020年「人と事業の価値発見と成長支援」を生業にする、株式会社エスアンドオーを創立。高校/大学と、体育会アメリカンフットボール部に所属。高校3年生時、主将としてチームを率い高校日本一を経験。


ビジネスプロデューサー、サスティナビリティコーディネーター

湯原一美

湯原一美さんのプロフィール:

電通在職時代は長年ビジネスプロデューサーとして、流通やメーカー、コンテンツ業界、BtoB企業まで、クリエーティブからCSR領域や個人的なお悩み相談から新規事業立上げまで幅広く担当。人の話をよく聞く、同じ目線で対応する、人の良いところを見る、ニッチなことからアイデアを膨らませて企画することが得意。個人事業主となって1年、新たなチャレンジをして失敗続きで傷つきながらも、NHの仲間達や出会う人のご縁に助けられて、自分が今出来ることを全力で取り組む。8年前に病気をして5度手術した経験から生かされたことを感謝して社会や人に恩返しをすること、どんな人も何歳になっても挑戦出来るやり直すことが出来ることを示すことが自分のミッションと考えている。プライベートでは、食べること旅することが大好き、特技は変顔と笑顔。

鎌倉研修町

電通時代、広告業以外の自社事業開発を手掛ける部署に所属していた土田さん。ワーケーションにまつわる仕事については、当時から「ワーケーション×地方創生」で事業拡大を目指す数社の協業をコーディネートしながら企画を練ってきた経歴の持ち主である。独立後もその流れを生かし、企業とともにワーケーション啓蒙のためのオンラインセミナーを開催したり、鎌倉のコワーキング施設などを運営する地元実行委員会と「鎌倉ワーケーションWEEK」などを企画した。 さらにはNH内でもラボを立上げ、ビジネス開発の可能性を探ったが、 「とはいえ、実際に動き始めるとなかなかマネタイズという部分では難しく、行き詰まりも感じていました」 と振り返る。そんな中メンバーと何度も話しあいながらひとつの新しいコンセプトが思い浮かんだという。そう、それが今回安国論寺とコラボレーションするきっかけとなった「鎌倉研修町」構想である。 実態はワーケーションというより企業の越境・オフサイト型研修を取り込むビジネスモデルを模索しようとするものである。これからの企業研修は、より体験型研修(地方に触れ合い、地方の課題を一緒に考える等)に移行していくことを見越し、会議室やコンベンションホール等で開催するのではなく、いわば「まち」がバーチャルな研修所となる「研修町」を目指すべきではとの発想である。 現在葉山に居を構え、仕事関連で鎌倉の人々との交流も深い土田さんは、改めて鎌倉のポテンシャルに注目し、寺という場に目を付けた。 「鎌倉には大人数を収容する施設は多くないけれど、あまたの寺社があります。それらの持つスペースを『場』として有効利用できないか。また『場』を持つことで様々なビジネスの起点ともなりえると考えたんです」 メンバーは早速鎌倉でコラボレーション可能な寺を探すことにした。

古刹・安国論寺のチャレンジ

建長五年(1253年)、日蓮聖人が安房の国から鎌倉入りして草庵を結んだ場所に創建されたという安国論寺。手入れの行き届いた深緑の木々の中ところどころ紅葉が色づく境内を進むと、歴史に染めぬかれた木造の本堂に行き着く。その裏手に今回のワーケーション会場となる「観音堂」があった。玄関から一歩足を踏み入れるとこれまでの風景とはまるで趣の異なる近代的なホールの造作がひらけ、一瞬息をのむ。メンバーの土田さん、湯原さんに案内され最新の設備が配置されたこの場所で、ご住職の平井智親さんのお話を聞くことができた。 「先代の住職が平成27年にこの観音堂を建てたのですけれど、いろんな予期せぬ状況が重なり、あまり活用されないままになっていました」 と語る平井住職。この寺の住職を引き継ぐために日本に戻ってきたのは4年前だそうで、それまではハワイやアメリカ本土、イギリスなど26年間海外で日蓮宗の布教をされていたというグローバルな人材だ。進取の志をここ古都の寺社にも生かそうとされていた。土田さんたちからの提案を受け、ワークスペースを即時検索・予約できるサービス、NTTコミュニケーションズ(株)のdroppinを導入、ホームページにある鎌倉スペース情報に安国論寺を表示させた。まずはこうしたワーケーション会場として始めるが、その先は鎌倉研修町構想にある「企業の研修」をセールスポイントとすることに可能性を感じているそうだ。 「これまでもいろんなお声掛けをいただいて、始めてみたもののうまくいかなかったり、知らないところからいきなり連絡を受けても、不安で手を出せなかったり。ただ今回は信頼している鎌倉ワーケーションWEEK実行委員長の岩濱サラさんのご紹介でNHさんとの話をもらったので、やってみようと思えたのです」 と、お寺の運営においてはやはり地元の交流と人間関係の重要性も指摘する。 平井住職のこういった新しい試みに向かって行こうとする気持ちの根底には、何があるのだろうか。 それは危機感だという。 「日本の少子高齢化により、人が減る、檀家が減る、お坊さんが減る、お寺が減る。当然の帰結なのです。このまま何もしないわけにはいかない、やれることは何でもやろうと」 これまで支えてくれた檀家さんとの関係はもちろん大切にした上で、そのためにまずは人々に「お寺を知ってもらうこと」が大切だと考えたのだ、と未来に弧を描くように語ってくれた。 (以下写真:観音堂外観)

場所、時間、所属からの解放

同じくプロジェクトメンバーの山同さんは、電通時代、かつて社が保有していた電通鎌倉研修所※を管轄する部署に所属していた。その経緯もあってそのころから鎌倉のワークタウンとしての可能性に注目していたという。このプロジェクトに参加することになったきっかけについて次のように話す。 「自分の中の上位概念として、コロナを機にしてようやく日本に実現されつつある働く人の『場所と時間と所属からの解放』という考え方があったんです」 つまり日本人の働き方がリモートワークなどの普及によって場所や時間に縛られず、あるいは自分たちのように独立も視野に入れながら自由に選択できる時代になってきたという概念。鎌倉は中でもそれらを受け入れるのに非常に適した空間になりうると肌身に感じていたというのだ。 「もともとお寺って地域の人々のコミュニケーションスペースだったんですよね。それを今の時代にもう一度体験してもらう。これからは新しいものを作るんじゃなくて、これまであったものを改めて有効に使うことがよいのだと思います」 山同さんは愛着を持ったこの鎌倉を皮切りにして、全国に潜在する不活性な場所を利用したコミュニティスペース開発を実現したいのだと語ってくれた。 ※電通鎌倉研修所:電通社員が社内研修、親睦のために長年活用してきた電通マンにとってはなじみの深い研修所。2021年に売却。今回の「鎌倉研修町」プロジェクトの語源ともなった。 (以下写真:観音堂内部)

この辺にお寺ない??

今回のNHのビジネススキームの根幹となるマネタイズについては、NTTコミュニケーションズが提供するdroppinのコワーキングスぺース開拓を請負う形で実現した。 「NTTコミュニケーションズさんとも、これまでのワーケーション事業開発の活動の中でお付き合いさせていただいていましたので、我々の志も理解してくださり採用いただきました」(土田さん) 携わった方々の話を聞いて改めて感じるのは、同じビジョンのもと積み重ねられてきたひとつひとつの経験と経緯が、新しい可能性を生みだすのだということ。 「誰かに『この辺にお寺ない?』って聞かれたら、コワーキングスペースを探しているんだってわかるくらいにまずは価値を普遍化させたいですね。また最終的には世界中から企業コンベンションをやるなら鎌倉でって思われるくらいにしたい。いわゆる市中MICE※プラットフォーム化を目指したいのです。それがひいては日本の国力の増大にもつながると思うのです」 と土田さんは遠くをみつめる。 山同さんはこのプロジェクトを端緒にして、全国の事業承継問題で継続が難しくなったコンビニ店舗を利用したスペース開拓事業も目論んでいる。 「半分は無人コンビニ。今のテクノロジーならできるのです。そして半分は地域コミュニケーションスペースにしてまちの活性化をはかれたら・・・」 と柔和なまなざしに熱がこもる。 そして湯原さんは電通時代培った研修事業開発企業との関係性を生かし、この先の研修町プロジェクトの実装を担当する。安国論寺の取材の帰り道、同行してくれた彼女の名刺に記されていた「サステナビリティコーディネーター」という肩書が気になってその意味を尋ねてみた。 「こういった活動を通じて自分なりに持続可能な社会を作る一助になれたらと思ったので、自分で勝手に作っちゃいました」 と照れ臭そうに笑った。 一人一人がこの先に描いている未来像をもっている。開闢770年という歴史のある寺社で口火が切られた時空を超えたコラボレーション。この先に何が拓かれていくのだろうか。 彼らの挑戦は、「いざ、鎌倉」というより、「鎌倉から、いざ」なのだと感じた。 ※市中MICE:Meetng,Incentive Travel,Convention,Exhibition/Eventの略。それぞれ「企業会議」「報奨旅行」「学術会議・業界会議」「展示会・イベント」などと訳される。開催することによって地域への経済効果や、ビジネスチャンスの創出、開催場所の知名度・ブランド力のアップなどが期待されるため、各国が誘致に積極的に乗り出している。 (以下写真:左から湯原さん、平井住職、土田さん)

ライター黒岩秀行