京都市京セラ美術館で昨年9月から開催されている「アンディ・ウォーホル・キョウト」展は、その生涯で2回にわたって京都を訪問し、京都の寺社や風物を満喫したウォーホルの芸術性と「京都」との関係性にスポットを当てた大回顧展として話題になっています。
メイン会場以外でも、ウォーホルの写真やスケッチが残るゆかりのスポットを巡る「ウォーホル・ウォーキング」なる街歩きイベントが開催中で、三十三間堂、清水寺、祇園白川筋といったウォーホルゆかりの地を巡れば、さながらウォーホルが旅した京都を追体験することができます。
今回その三十三間堂のスポット展示をプロデュースしたのが、ニューホライズンコレクティブ合同会社(以下NH)メンバーの川瀬麻紀子さんです。川瀬さんのご案内で三十三間堂のウォーホル・スポットを訪ねてみました。
川瀬麻紀子さんのプロフィール:
食・生活プランナー
京都
妄想構想化
サービスデザイン
日本料理、懐石料理
工芸
今更ながらコンセプター
ウォーホルの眼を媒介として日本文化のよきものを再認識する仕掛け
堂内に入ると、まず多数の千手観音立像の写真とウォーホルの「牛の壁紙」、さらにウォーホルのスナップ写真と解説文が配置された大きなパネルが見えてきます。そしてその隣には、早くもウォーホルが描いたという千手観音立像のスケッチが壁に架かっています。実にテンポのよい展示です。
「この中にウォーホルのスケッチのモデルとなった像があるのですが、どれかわかりますか?」
川瀬さんの謎かけのような解説を聞きながら仏像を端から一体一体眺めていくと、一体ごとにすべて表情や佇まいが違うことに改めて気付きます。そのうち好みの一体にも出会ったりして、それはそれで興味深かったのですが、結局どれがモデルとなった仏像かの確信は持てないまま三十三間堂を歩き切ってしまいました。
鑑賞後、この企画のコンセプトなどについて川瀬さんに話を伺いました。
ーウォーホルウォーキングのスポットに三十三間堂が選ばれた理由は?
「アンディ・ウォーホルと三十三間堂との出合いは、彼のその後の創作活動に大きな影響を与えたといわれています。例えばこのスケッチを描いた京都訪問の後からドローイングに金箔を多用するようになったとか、ウォーホルが名声を確立することになるモチーフのリフレイン(リピート)という手法も、整列する三十三間堂の千手観音立像からインスパイアされたと指摘する文献があります」
ーウォーホルに関する展示は入口のパネルと実物のスケッチのみというシンプルな展示でした。そこにはどのような狙いがあるのでしょうか?
「スケッチはラフなものながらウォーホールの画力が宿っていて、モデルとしての一体の観音立像の特徴をよく捉えている作品です。それはそれでじっくり鑑賞して頂きたいのですが、ここではウォーホルの作品鑑賞とあわせて、ウォーホルの眼を通して今の時代の三十三間堂や日本人の信仰といったものを再度問いかけたいという思いがありました」
「人の手によって彫られ、整然と安置されている千一体の立像はそれぞれに個性や『謂れ』があります。スケッチのモデルを探すウォーホルのまなざしに思いを馳せながらゆっくり見て頂くことで、改めて三十三間堂や千手観音立像と向き合ってみて頂けると嬉しいです。そしてできればお気に入りの一体を見つけていただけたら。今回のウォーホル・ウォーキング企画は、全体がウォーホルを通じて京都の街を再発見してもらいたいという趣旨なのです」
また展示を敢えてシンプルにすることで「注意深く観察する」という作品鑑賞、観音立像鑑賞の依り代(神霊が宿る対象物)効果も作りたかった、と川瀬さんは解説してくれました。
写真:ウォーホルのスケッチは、2023年2月12日まで三十三間堂の拝観料のみで観ることができる
京都は世界に様々なインスピレーションを与え続けてきている
それにしても今回、川瀬さんはどのような経緯でこの企画を担当するに至ったのでしょうか? 話は川瀬さんの電通時代に遡ります。
川瀬さんは就職活動中に株式会社電通の会社案内を目にし、この会社の社会の文脈形成までを領域とする仕事内容に魅力を感じ入社、マーケティングなどの部署で様々な経験を積んできました。電通での仕事は非常に刺激的だった一方、単にビジネスをスケールさせることを良しとする現在の世界経済のシステムに対して、良くも悪くもちょっとした違和感を感じていたといいます。
転機は5年前、京都に赴任したことでした。父方の実家もあるため小さいころから何度となく訪れてきた京都ですが、改めて企業人として帰ってきてみると、そこには新たな発見がいくつもありました。
「京都には見えないところの深さがあります。文化であれ商いであれ、それらが千年続いてきた都市という事実に価値があります」
それはグローバルスタンダードとは違うものの、世界に誇ることができる価値を千年かけて涵養してきた都市の底力ともいうべきものでした。
具体的にいうと、それは「涵養力」なのだそうです。長い年月を掛けてその土地が涵養してきた生活や社会固有の価値観や美意識を掘り起こしてアップデートしてみると、そこにはこれからの時代の幸せや豊かさのヒントが隠れているというのです。
例えば、使いやすさを追求して掌にすっと収まるように作られた日本の印籠の造形が、圧倒的な世界シェアを誇るスマートデバイスのデザインに影響を与えていたり、コレクションの発表を控えた海外の有名ファッションデザイナーたちが西陣織の工場を視察して発想を得るなど、過去のモチーフが新たなイノベーションの源泉になる事例には事欠きません。それこそが京都や日本固有の美意識が世界に通用する証なのだと川瀬さんはいいます。
実は川瀬さんは電通時代、そういった実例を示しながら「土着性にこれからの競争力が宿る」という京都の価値をプレゼンテーションし続けてきたのだそうです。そしてそういったプレゼンテーションでは、三十三間堂とアンディ・ウォーホルの関係性についても幾度となく触れてきました。
今回「アンディ・ウォーホルと京都」をテーマとした大回顧展が開催されるにあたり、三十三間堂の展示企画を任されるにはそんな背景があったのです。
写真:ウォーホルは京都の美に魅せられ、多くのスケッチを残した(京都市京セラ美術館の展示より)
「足元に眠る価値」を新たな日本の競争力にしたい
2年前に電通を早期退職してNHに参加した川瀬さんに、最近の活動やご自身のライフシフト観を伺ってみました。
「この2年間は双六の目に人生を委ねるように好奇心の赴くままに人生を委ねて生きてみましたが、一番感じたのは、自分の好奇心に素直になることで人生の主導権が自分自身に戻ったという感覚です」
具体的には、何か『すべてを自ら作る人間』でいられる充実感、等身大の仕事の手触り、自分の信用が自分自身に帰ってくる清々しさなど……それこそがライフシフトのよさだと川瀬さんは言います。そしてもうひとつ川瀬さんがフリーの魅力だと感じていることが、自分の外側にある『見えない力』を信じて活動できるということです。かつてアンディ・ウォーホルが偶然目にした三十三間堂の千手観音立像から独自の芸術性のヒントを獲得したように、川瀬さんもまた『縁』の効用を大切にしているのです。
川瀬さんのライフシフトとは、身体感覚に近いぐらい行き届いた主体性とインスピレーションの相互作用によって、従来のマーケティング発想とは違う新たな価値創出をする生き方です。川瀬さんはそれを『身の丈』という言葉で表現します。
「今後も自分の身の丈とフィーリングの合う仕事をしていきたいと思っています。例えば日本の各地に眠る内なる価値を形として打ち出したいと思う人に必要とされるのであれば、喜んでお手伝いしますし、それがご縁だと思います」
日本の『内なる価値』について、川瀬さんにもう一度整理して頂きました。
「それは数字に置き換えられ、合理主義の中で浪費されてしまう経済価値とは対極にあるものです。常に見えているものではなく、再発見することで、世界に対峙する日本にサステナブルなビジネスのヒントという新たな競争力を与えてくれるものなのです」
写真:京都市内各所にウォーホル・ウォーキング・スポットがある(ZENBI -鍵善良房- KAGIZEN ART MUSEUM)
百年先を見据えて丁寧に作られる工芸品に内在する新たな価値
川瀬さんへのインタビューは三十三間堂からに場所を移し、川瀬さんが電通時代の最後の仕事として手がけたという四条駅前の事業共創スペース(コ・ワーキングスペース)「engawa KYOTO(エンガワキョウト)」で行いました。
その日、その施設内では「数百年という歴史を経て工芸品が現代に存在しているのだから、今度は百年後を見据えた工芸品を作ろう」という理念に基づく事業共創プログラムとして、「KOGEI Next(工芸ネクスト)」というトークセッションが開催されていました。
「組織を離れた後にも、自分が関わった施設でこのようなプロジェクトが生まれ、新たな価値を発信してくのを目の当たりにでき、とても嬉しく感じます」と川瀬さん。
そんな工芸品の事例として、会場には地元大学の造形学科ゼミ生の皆さんと津軽三味線アーティストのコラボレーションで作られたという金箔漆塗りのエレキ三味線が展示されていました。漆は石川県輪島の塗師グループの手になるもので、金箔は小型家電から採取した「都市鉱山」の金、また螺鈿に見える装飾は京セラによる新素材「京都オパール」を使用するなど、社会課題を意識した極めて現代的な設計思想であり、さらにはエレキ三味線というスペックが近未来の工芸品の姿を予感させるものでした。
そして何よりも、大勢の人たちが百年先を見据えた高い視座で丁寧に工芸品を作リ込むその姿勢に、川瀬さんのライフシフトが目指すものにも通じる内なる価値、京都が千年の時を超えて涵養してきた「確かなもの」が宿っているのを体感することができました。
写真:engawa KYOTOで行われた「KOGEI Next」トークセッションの風景
エレキ三味線“Lycoris” (提供元:ユニバーサルミュージック合同会社、撮影:中河原理英氏)