2023.10.19

NH2期メンバー5人の活動に見る「幸福なライフシフト」のための2つのポイント

 2023年10月。  ニューホライズンコレクティブ合同会社(以下NH)に、12名の新たなメンバーが加わりました。 2021年のNH発足から参加した第1期メンバーから数えて、第3期のメンバーということになります。 そこで今回は、2023年の春からNHに参画した第2期のメンバーの中から5名の皆さんにスポットを当て、そのライフシフト像や現在の活動から見えるライフシフトの2つのポイントをご紹介したいと思います

金田有浩 参加型エンターテイメントと昆虫食事業に共通する発想の転換

 金田有浩さんは、新卒で日本テレビ放送網(日テレ)に入社し、制作や編成企画畑で数々のヒット番組を手がけてきました。その中にはとんねるず、ロンドンブーツ1号2号といった有名タレントがMCを務めた名物番組や、現在まで続いている長寿人気番組などもあります。  その中の番組のひとつ「マネーの虎」のプロデュースをしている時に、金田さんはビジネスを作ることの面白さに目覚め、そこから番組そのもののマネタイズや番組を活用したビジネスクリエイトへと活動の幅を拡大していきました。 「ビジネスを作ることも、とてもクリエイティブなことなのだと(虎の)社長さん達から感じました。また、世界レベルでのテレビ番組マーケットの存在を知り、テレビ番組というものが持つビジネスの更なる可能性を追求したくなりました(金田さん)」  その後「エンターテイメントのコンテンツビジネスの可能性を更に広げたい」と、金田さんは日本テレビ時代の先輩だった森川(亮)さんからの誘いでハンゲームジャパン(株)に転職。スマートフォンの黎明期に、リアルライフとの連動ゲームの開発やLINEの初期プロモーションなどを幅広く手掛けましたが、「自分が一番やりたいのはやはりプラニングであり、あらゆるテーマを自由にエンターテイメント目線でプランニングしたい!」との思いから、11年前に独立・起業しました。  2021年、金田さんは「ゴールデンタイムエイジクラブ」という参加型プロジェクトを立ち上げます。これは「大人の部活」「大人の部室」というコンセプトのもと、自分と同世代である50代が心からわくわくする体験ができる「場」と「時間」の提供するもので、様々な試行錯誤を経て実施フォーマットも固まり、いよいよこの秋から本格的にスタートするそうです。  実は金田さんは、NHの山口代表とは10年来の旧知の間柄ということもあり、「ゴールデンタイムエイジクラブ」プロジェクトは、その当初からNHも協力しています。そのような経緯もあり、2023年に金田さんはNHに参加、現在はメンバーとしても多忙な日々を過ごしています。  そんな金田さんが今後について描いている絵が、一見畑違いにも見えますが、なんと食用コオロギを軸とした総合的SDGs教育体験施設の創設。その第一歩となるゼロエミッション活動として、コオロギからタンパク質を取った後に残る保湿成分たっぷりの油を活用したヘアオイルの開発と販売を行い、その商品は「サステナブルコスメアワード」を受賞しました。  この活動の発端は、食品商社のコンサルティングをしていた金田さんが、ある日雑談の中で「今フードテックが熱い」という話の一例として、昆虫食の話を耳にしたことに始まります。ちょうど大豆ミートなどが話題になっていた頃だといいます。昆虫の持つフードパワーを知るにつけ、「考えてみれば海老やシャコも実際はかなりエグい容姿だけど、みんな美味しいって食べているしな……」と、昆虫食に大きな可能性を感じたのだそうです。そしてその頃から自分なりにグローバルレベルでの社会課題やSDGsなどを考えるようになったと言います。 「現在世界では8億人が飢餓状態にある一方で、先進国では生産する食糧の1/3程度しか消費していません。その余った食糧をコオロギに食べさせ、それを粉体の保存食に置き換えるというサーキュレーションシステムを作れないか?と思ったのです。」 それは食用昆虫という存在を使ったゲームチェンジならぬフードチェンジだ、と金田さんは言います。  金田さんの話をそこまで聞いてようやく、参加型エンターテイメントと昆虫食によるフードチェンジにはどちらも「金田さんならではの逆転の発想と視点の変化による価値創出」という共通項があることに気がつきました。 (写真:食用昆虫はゲームチェンジならぬフードチェンジを起こす、と語る金田有浩さん)

木岡克幸 金融業界がAI化の波に直面し、子どもたちへの金融教育を志す

 新卒で証券会社に就職した木岡克幸さんは、その後資産運用の会社に転職し、以後ずっと金融市場を渡り歩いてきました。そんな金融のプロフェッショナルである木岡さんが自身の仕事について考え始めたのは、金融業界がAI化の波に飲み込まれるのを目の当たりにしたからだといいます。 「まさに金融のオートメーション化の過渡期でした。まわりから1人、また1人と人がいなくなりました。この業界にいればいるほど人が少なくなっていく。そんな感覚を覚えました」  また資産運用しか経験していなかったため、自分のキャリアは専門的すぎるのではないかという焦りもあったと木岡さんは振り返ります。 木岡さんは人生について考え始めました。現在の職場を継続するか、または業界内で転職するか、はたまた全く別のことに取り組むか……いくつもある選択肢の中で、木岡さんは生き方をガラッと変える道を選びました。 「収入面では下がりますが、向こう5年間ぐらいの活動資金はありました(木岡さん)」  木岡さんが目をつけたのは、自らの知識と経験を活かし、子どもたちに金融教育をすることでした。 「金融といっても、ベースとなる基礎的な知識さえあれば誰でも資産形成はできます。考えてみれば、今回自分がライフシフトできたのも活動資金があったからで、言い換えれば金融の知識はライフシフトを後押ししてくれる大きな力になりうるのです。それゆえ金融について子どもたちに教えるということは、子どもたちの人生の可能性を大きく広げることになると考えています(木岡さん)」  木岡さんは現在、大分県の公立小中学校で金融教育の実績を重ねています。さらに株式会社ベネッセコーポレーションと組み、「お金の価値」と「育て方」をテーマにオンラインおやこ講座を実施したり、いくつかの私立小学校でアフタースクールの講座を受けもつなど、着実に活動の幅を広げています。  木岡さんにNHを紹介したのは、NH1期生の春田英明さんでした。保育園のパパ友同士だった2人は、よく人生設計の話で盛り上がることもあったといいます。 「金融業界では(営業などのフロントではなく)バックヤードにいることが多かったので、人脈を作りたいと思っていました。NHには既に独立してビジネスをしている先人の皆さんが大勢いるというところに魅力を感じました(木岡さん)」 (写真:身近なテーマのおカネの話に子どもたちも興味津々…木岡さんの授業風景)

福室貴雅 障害の有無が影響しない、平等で開かれた「藝術の民主化」へ

 あるときはイタリアンバルの店長。またある時は東京コレクションにも参加するアパレルブランドのオーナー兼デザイナー。そして現在は障害を持つ方々が創作するアート作品を世に送り出す一般社団法人の代表理事。 不思議な人生経験を重ねてきたNHメンバーの福室貴雅さんですが、ご本人いわく、その人生を大きく変える契機となったのは湘南の海だといいます。どういうことなのでしょう?  2019年に実父を亡くした福室さんは、湘南にある実家に移り、湘南で生きていく決心をします。そしてまず始めたのが、海岸でプラスチックごみを拾う活動でした。最初は7,8人から始めたこの活動は、最大では100人規模のアクションになりました。  集めたプラスチックごみは、石川県の「カエルデザイン」という海洋プラスチックのアップサイクルアクセサリーブランドに送ります。そこは障害を持つ方々が海洋プラスチックやフラワーロス(廃棄花)などを、アクセサリーにアップサイクルして販売する事業をしているのですが、福室さんのデザイナーとしての眼識には、その社会的意義のみならず、出来上がったアクセサリーの品質とデザインの良さがとても驚きだったといいます。  やがて福室さんは、様々な色のプラスチックのチップを点描に見立て、ジョルジュ・スーラの有名な「グランド・ジャット島の日曜日の午後」を制作することを思いつきます。とはいえプラスチックのチップであの大作を作るのは容易ではなく、やがて福室さんは自らそれに取り組むべく、一般社団法人「ソーシャルアートラボ」を創設しました。  いま福室さんがもっとも力を入れたいと思っているのが、障害を持つ方々の描いた絵などをNFT(偽造不可なデジタルデータ)で販売しようというものです。しかもNFTの絵画作品が展示されるギャラリーは、メタバース(インターネット上の仮想空間)です。 それにしてもなぜNFTで、なぜメタバースギャラリーなのでしょう? 「(NFTを下支えする技術である)ブロックチェーンに興味を持ったのは、そこに障壁がなく、誰に対しても平等に開かれているからです。メタバースについても同様です。絵画を売ることひとつ取っても、障害の度合いなどによっては、描いた方は実際にその様子をご自分の目で見ることはできません。その点メタバースならどこからでも見ることができるので、メタバースの中には障害の有無がないのです(福室さん)」 福室さんの視線の先にあるのは、全ての人に平等で開かれた「芸藝術の民主化」なのです。 (写真左:VRゴーグルを使ってメタバース内の作品鑑賞をするイベントでの福室貴雅さん)

佐藤彰 ミュージシャンやアーティストと仕事をしながら、故郷に思いを馳せる

 佐藤彰さんは2022年に、新卒から28年間勤めた日本たばこ産業(JT)を退社して自分の会社を立ち上げました。JTでは渉外部門が長く、喫煙場所の確保などの仕事に従事、その後加熱式たばこが登場してからは、JTの主力商品「プルームシリーズ」のプロモーションなどを担当してきました。  独立してからの佐藤さんの仕事は非常にアーティスティックです。独立後も続いているJTとの仕事では、加熱式たばこ「プルームX」用のオリジナルアクセサリーを、あのサカナクションの山口一郎さんとコラボして作ったり、知り合いのミュージシャンのアナログ盤(いわゆるレコード)の制作では、レコード盤のプレスからカッティング、PRなど裏方全般を取り仕切ったり……。 「音楽は好きですね。アーティストの知り合いも多いので、そういったアーティストさんのコンサルテーションをしたり、SNSで情報発信をしたりしてみたいなどと夢想しています」  ちなみにご自身の会社の名前は「ハートオブゴールド」だそうで、社名からも佐藤さんが相当な音楽好きであることが分かります。  佐藤さんの夢は、音楽に関わることばかりではありません。出身地である熊本県に対する熱い思いもあります。 「例えば実家の少子高齢化対策です。まずは両親の実家を含めた跡継ぎ問題を何とかしなければ、という課題も抱えているので(佐藤さん)」  なんと佐藤さんの母方のご実家は南阿蘇にある城跡にあるそうで、現在は親戚が一人で住むというその敷地内には鉄道も走っているのだとか。史跡でもあることから、若い世代がそれを守っていくような施策も必要になるのでしょう。佐藤さんは南阿蘇鉄道とのコラボレーションも検討しているようです。 「もうひとつは2016年の熊本地震です。阿蘇大橋は震災遺構となり、また旧東海大学キャンパスは地震の教訓を学ぶ震災ミュージアムの中核拠点として整備されています。そういった施設でのイベントなどもゆくゆくは手がけていきたいです」  佐藤さんは早期退職に際して、前職のJTからNHの存在を教えてもらい、紹介されたのだそうです。現在でもJTと繋がりがあり、定期的にNHの話もするという佐藤さんですが、NHについてはどのような印象を持っているのでしょうか? 「ライフシフトにあたって仲間との学びが必要だというのは実感します。それと『起業する前に知っておきたいこと』というセミナーは貴重な情報がありました」と佐藤さん。  実はJTでは多くの早期退職者がいるそうですが、再就職する人が多いため独立起業についての情報交換はあまりできないのだそうです。  最後に、今後NHに期待していることを訊くと、「やはり(元電通の)1期メンバーは生態系が不明な人が多いので、一緒に仕事がしてみたいですね」といって、佐藤さんはニコリと微笑みました。 (写真:手がけたアナログ盤のカッティングを入念にチェックする佐藤さん)

石村直美 学びに手応えのあるNHでは多種多様な出合いも印象的

 最後に紹介するのは、現在も企業に在籍しながらNHメンバーでもあるという石村直美さんです。 パナソニックグループ(入社当時は松下電器産業株式会社)で主に人事畑を歩んできた石村さんは、現在はグループ内の専門人材と社外の人材ニーズをマッチングしてソリューションを提供する仕事に従事しています。それはミドルシニアを中心としたグループ内の社員さんに新たな活動の場を提供することでもあり、そのためにキャリアコンサルタントの資格も取得しました。  実は石村さん、パナソニック(グループ)の施策として、企業人という立場でNHの2期メンバーにエントリーしているのです。果たして現役の企業人である石村さんの目に、NHはどのように映っているのでしょうか? 「4月からのNHの活動開始の最初にグループ分けがあったのですが、グループの編成が綿密に計算されているという印象を受けました。私はキャリアコンサルタントとして参加したのですが、所属したグループはキャリコンの方々が多めに組成されていました」 「NHの必須研修として、自己のキャリアの内省を深めていく『キャリアワークショップ』というものがあるのですが、それも非常に有益でした。そして私は現在コーチングの勉強中なのですが、私のコーチである一期メンバーの重田麗子さんからも多くの気づきをもらいました」 社員の皆さんの背中を押して社外での活躍の場をマッチングする仕事柄、今回は社命を帯びてのNHへの参加でしたが、それでもNHに参加したことで、ご自身のライフシフトすなわちキャリアコンサルタントとしての独立についても、ある程度明確なイメージができ始めたと石村さんは言います。  二足の草鞋で多忙を極める石村さんですが、NHのサークル活動にも積極的に参加しています。横浜の実家が商店を経営していることから、NHの湘南サークルと不動産サークルに参加、また興味を持った「昭和」をテーマにしたサークルにも参加しています。さらにその昭和サークルの紹介者である第1期メンバーの中川健さんが横浜でライブをやると聞くと駆けつけて応援するなど、石村さんのネットワークは多種多様に広がっています。 「私自身はパナソニック一筋なので感じるのですが、NHはやはり業界人だなぁと(笑) 組織とプロセスで製品をつくるメーカーの作法とは違い、人と人がシームレスに繋がり、かつ単独で動いていくのが印象的です」  ところで、パナソニックグループにライフシフトプラットフォーム(LSP)は根付くのでしょうか? 「企業にLSPをインストールするには、仕事とLSPを分ける制度が必要です。業務とLSPでメールやネットなどを切り替えるインフラ整備なども不可欠ですし、仕事の合間にNHの活動をするには、一定程度の在宅勤務の継続も必要になります」  企業人とNHメンバーという2足の草鞋で日々奮闘されている石村さんですが、そのおかげもあって、この10月の第3期メンバーには彼女に続く形でパナソニックグループから新たに4名のメンバーがNHに参加しました。 (写真:NHへの参加でご自身のライフシフトもイメージし始めたと語る石村直美さん)

取材を終えて 5人の2期メンバーに共通すること

 今回、5名のNH2期メンバーの取材をして気付いたことが2つあります。  そのひとつは、自分自身の「やりたいこと」を見据え、それを中心に置いてライフシフトに踏み出していること。例えばそれまでの企業での仕事を通じて新たに見えてきたことだったり、仕事やキャリアに対して抱いた小さな疑問や違和感だったり、新しい出合いの中での発見や気づきだったりと、やりたいことを見つける「種」はさまざまですが、それと向き合った結果としてライフシフトという決断があった、ということは全員に共通しています。これは当たり前のようにも聞こえますが、実際のところ社会人としての人生の中ではいろいろなことを気にしたり考えたりしてしまって、自分のやりたいことに忠実に生きるのは意外と難しいことなのです。  もうひとつは「次世代を見つめる眼差し」です。子ども向けの金融教育に生業をライフシフトした木岡さんはいうまでもありませんが、その眼差しはひとり木岡さんに限ったことではありません。  先述の通り、金田さんは食用コオロギ関連事業の「Chu’s(虫ズ)」の事業として、教育事業を始めています。 「千葉県内の高校性に、昆虫食などをモチーフにSDGsの教育をしています。SDGsというのはひとつひとつ解決/達成するというよりは、総合的に解決/達成していくべきものです。その点、昆虫食事業の体験はSDGsの17のテーマのうち9つを体験することができるのです(金田さん)」  藝術の民主化を進める福室さんも、今年からNFTやメタバースを高校生に教え始めました。主に「総合的な探求の時間」で障害者福祉を学ぶという趣旨の講座ですが、取材した時点ですでに13講座を実施しています。その他、逗子での市民講座や、カンボジアの障害者施設などと連携して藤沢市でワークショップを開催するなど、熱が入っています。  授業では高校生たちは自由に絵を描き、それをNFT化してメタバースのギャラリーに展示するという体験をするのですが、そこで使う筆記具はKitpasという、ガラスなどにも描ける上、一度描いたものを消して描き直すことができるというクレヨンのようなものです。 「誰でもみんなが何度描き直してもいい、何度でもやり直すことができる、そういったメッセージも受け取ってほしいと思っています(福室さん)」  他の皆さんも同様で、例えば佐藤さんの故郷を見つめる眼差しも、熊本に関わるこれからの若い世代に向けられたものであり、キャリアコンサルタントである石村さんは、これからのライフシフト世代と向き合い、その背中を押すことがご自身のライフシフト観にもなっています。  幸せなライフシフト、すなわち人生100年時代の豊かな生き方には、若い世代と向き合い、次世代を見守る眼差しがひとつの鍵になるのだと気付かされました。  今後もこの「CASE」では、NHの2期メンバーや新たに参加した3期メンバーの活動取材を通じて、ライフシフトの様々なスタイルや、メンバー同士の協業の事例などを取り上げていく予定です。

取材と文山内龍介