池田さんが最初に手がけたのは2022年10月30日に行われた茅ヶ崎市長選挙と同日に開催した「ちがさきこども選挙」。市内11ヶ所に本物の投票台と投票箱を設置した「こども選挙」のための投票所を開所し、小学1年生〜17歳の子どもたちも大人と同じ候補者に投票しました。投票数の合計は566。テレビや新聞、雑誌など様々なメディアで取り上げられ、大きな話題となりました。今回は「こども選挙」がどのようなことを意図して企画され、どのように広がり、社会にどのような影響をもたらしているのか?池田さんに話を伺いました。
2024.05.30
子どもと大人の関わりが地域を変え、社会を動かす。池田一彦さんが「こども選挙」を通して見据える未来
NHのメンバーには地域貢献活動や子どもたちへの教育支援活動などを行う方がたくさんいます。本日ご紹介する「こども選挙」も、そのひとつ。NH メンバーである池田一彦さんが仲間と共に神奈川県茅ヶ崎市で実施したことをきっかけに全国に広がり、キッズデザイン賞「最優秀賞・内閣総理大臣賞」、グッドデザイン賞「金賞・経済産業大臣賞」などを受賞しました。
池田一彦さんのプロフィール:
「全ての仕事は実験と学びである」をモットーに、事業開発からコミュニケーションデザイン、UX設計まで幅広いレイヤーのディレクションを手掛けています。新規事業開発やサービス開発において5つの特許を発明。現在は地元茅ヶ崎にて、コミュニティスペースを拠点に地域発の社会システムをつくるべく、さまざまな活動を行っている。
Q そもそも、どういうきっかけでこのような活動を始めようと思ったのでしょうか? 池田:私自身が2児の父親なのですが、最初は同じ茅ヶ崎に住む友人夫妻と「子どもの主体性を育むにはどうしたらいいのだろう?」と語り合ったことがきっかけでした。その中で、「子どもが投票したら面白い結果になりそうだよね!」と盛り上がり、「こども選挙」の構想が浮かび上がりました。実際に市長選挙が行われる半年ほど前から具体的な構想を練り、企画書にまとめて仲間を募っていき、地域の知人・友人を中心とした実行委員メンバー10名とともに活動を開始しました。 「子どもの主体性」を育むことを大切にした活動なので、子どもたちには、ただ投票してもらうだけではなく、活動自体も子どもたちと一緒に作ろうと考え、まずは「こども選挙委員」を公募したところ、小学3年生から6年生まで15名が集まりました。「こども選挙委員」は、投票日当日まで約2ヶ月に渡る5回のワークショップの中で、民主主義を学び、まちの特徴や課題を知り、市議会議員と対話し、候補者への質問を考えました。そのプロセスで驚くほど主権者意識が芽生え、選挙当日も投票所運営から開票作業まで子どもたちに任せましたが、立派にやり遂げました。こども選挙委員の一人は「茅ヶ崎は今までは自分の住んでいるところとしか思っていなかったけど、こども選挙の後は自分の大切なものみたいになってより良くしたいと思うようになりました」と語ってくれましたし、投票所で投票した子どもからも「大人だけ投票してずるいと思っていた」「大人になったら絶対に選挙に行きたい」という声が聞かれました。実際の茅ヶ崎市長選挙の投票率はとても低い結果となってしまったのですが、そんな子どもたちの姿から大人自身が学ぶべきところが多い活動だったと振り返っています。
Q 子どもたちが実際に質問を考えることから投票所の運営までを行うとなるといろんなハードルがあったかと思いますが、苦労したところや思いもよらない成果などあれば、お聞かせください。 池田:最初は小学生が民主主義について理解したり、候補者への質問を考えるのは難しいのかな?と考えていました。でも、例えば質問を考える際、「マンションが増えることのメリットとデメリットをきいてみたい」という子がいました。理由を聞いてみると、通学路に次々建てられるマンションを見て、また、学校では生徒が増えて教室が狭くなっていると感じて、純粋に疑問に思ったと話してくれました。子どもたちは大人が想像する以上にいろいろなことを感じ取り、考えているのだと気付かされましたね。 少し話は逸れますが、この2024年4月に「こども家庭庁」が設立され、同時に「こども基本法」が施行されましたが、子どもの政策を決定する過程で、子どもの声を聞くことが政府やすべての自治体に義務付けられたんですね。それを受けて各自治体で子どもの声を聞く事業が始まっているのですが、そんな中で「小学校にエレベーターを作ってください」という声が上がったそうです。そこだけ切り取ると自分たちが楽をするために要求しているように聞こえてしまうのですが、よくよく尋ねると障がいのある友達が一生懸命階段を上がって教室に行く姿を見兼ねての要望だったことがわかったとのことでした。 エレベーターの話もマンションの話も子どもの考える力に驚かされたのですが、一方で、直感的に要求だけ言ってしまう子どもの声に対して、その理由まで深掘りできる大人の聞く能力が必要だとも感じました。実はマンションに関する質問について、大人から「本当に子どもがあんな質問考えられるの?」という疑問の声が実際に上がったんですね。子どもの考える力を信じて受け止める側の大人や社会の方に課題を感じています。 また、活動を続ける中で、社会に根付く政治に対するタブー意識を実感した場面も多々ありました。教育現場も、主権者教育の必要性を感じていながらも、政治というものをとてもセンシティブに捉えているんですね。ですので、数々のアワードで賞をいただき社会的承認を得られたことは大変ありがたく、今後の「こども選挙」にとって大きな後押しになると感じています。
Q 地域や子ども主体性について、「こども選挙」を通して池田さんが感じたこと・学んだことがあればお聞かせください。 池田:「こども選挙」に限らず、地域の子どもと大人の間に斜めの関係を作ることで、あらゆることがつながっていくではないかと感じました。「こども選挙委員」の子たちは、実際に地域で活動する大人たちの話を聞いたり、市議会議員と対話したりしたのですが、そんな中で驚くほど主権者意識や主体性が芽生えていきました。親以外の大人との出会いで、自分の未来や社会に対する解像度が上がっていったんでしょうね。「こども選挙」の活動が終わった後も、生徒会で学校を変える活動を始めた子や、市議会議員に自主的にインタビューに行き自由研究にまとめた子、地域のイベントでコミュニティを作るための駄菓子屋を開いた子など、地域の大人とつながりながらさまざまな活動を展開していく子たちの姿をうれしく見守っています。 実はそんな子どもたちの姿を見て、大人も変わりました。「ちがさきこども選挙」に実行委員やボランティアとして関わった会社員と主婦が、その後市議会議員に立候補して当選したんです。主権者教育されたのは、子どもではなく大人だったのかもしれませんね。こんなふうに、子どもと大人の斜めの関係性がもたらすものは本当にたくさんあります。僕自身も「こども選挙」を通して子どもたちからたくさんのものを受け取ったので、これからも子どもたちと関わりの中で地域に恩返しをしていけたらと思っています。 編集後記 池田さんは、このこども選挙を行っている時に、子どもがきちんと考えて選べるのか?という質問をされたことがあるという。しかし、この質問は大人に対してそのまま返ってくる。裏金に、パワハラ、セクハラ、様々なところで選挙で選ばれた人の辞職のニュースが流れてくる。選んだのは我々大人である。子どもの方が選ぶ際にいろんな意見を聴き比べてどの人にするのかを真剣に選んでいた。投票に行く直前に投票所の前に掲出されたポスターの顔写真と政党名くらいで候補者を選んでいる筆者は、すこし恥ずかしくなった。大人はきちんと考えて選んでいるのか?襟を正さなくてはいけない。と。 取材 あかぎ よう