電通の早期退職組約230名を擁し、ニューホライズンコレクティブ合同会社(以下NH )は2021年1月に活動をスタートしました。そのユニークなイメージソングがあることをご存じでしょうか。会社にイメージソングがあること自体が型破りですが、さらにそのミュージックビデオ(MV)が最近完成し話題となっています。企画制作したのはNHメンバーでもある赤松隆一郎さん。電通時代からクリエーティブディレクターとして多忙な毎日を送りながら、プロミュージシャンとしての活動も精力的に行っていました。一体どのような経緯で楽曲が制作されたのでしょう。
カンガエル
クリエイティブディレクター、CMプランナー、シンガーソングライター
赤松隆一郎
赤松隆一郎さんのプロフィール:
愛媛県出身。筑波大学卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)を経て(株)電通へ。西日本松山支社、関西支社、本社CDC、電通デジタルACRCでの勤務を経験し2021年 独立。サントリー「グリーンDA・KA・RA」「やさしい麦茶」「角ハイボール」ダイワハウス「D-room」JCBカード、愛媛県観光PR「疲れたら、愛媛。」等のキャンペーン統合ディレクション、マツコデラックスのアンドロイドを制作した「マツコロイドプロジェクト」などを手がける。新ブランドや商品開発の立ち上げ段階から関わることも多く、戦略と表現の両軸を備えたクリエーティブディレクションが強み。またミュージシャンとしても活動しており「グリーンダカラちゃんのうた」等のCMソング、NHK「みんなのうた」への楽曲提供なども行なっている。カンヌ国際広告際、NY-ワンショウ、アジア太平洋広告際、全日本CMフェスティバル、TCC賞、広告電通賞など国内外受賞多数。ミュージシャン活動サイトhttps://www.akamatsu-music.com/
「サラバ!友よありがとう♪」
「たまたま、ソロアルバムの曲を書き溜めていた時期にNHに参加したんです」
と語る赤松さんは、当時NH設立に対する周囲の評判は必ずしも肯定的なものばかりではなかったと回想します。
「そういった意見に対して何か自分の考えとか意思を表示できることはないかと思って。そしたらやはり音楽や映像を作ることだったんですよね。そう、最初は自分自身を鼓舞する意味で曲を作っていたと思います」
NHは「人生100年時代を生きていくため、新しいワークスタイルやライフシフトを実現させるプラットフォーム」であることを、その設立の大きなテーマとしています。けれど赤松さんの中でNHに参加した真の理由はやや異なるところから発していると言います。
「当時、尊敬する先輩や親しい友人が次々に亡くなって…自分の場合、人生100年というよりも、この先はいつどうなるかわからないという切迫感からNHに参加したんです」
そういった気持ちが歌詞の中にも随所に現れます。
―サラバ!友よありがとう 思い出はもらって行く
―目指すべき憧れだった あの人は星になった
―日々老いる 身体は軋む
―友よまた会おう この世じゃなきゃあの世で
そもそもはNHの目指す世界観と違うところから芽吹いた曲。。。ただそれなのにこの曲を聴いたあと私たちの心を満たす前向きな希望はいったい何なのでしょうか。
「終わることを知ったから始まりが見えたんだ ニューホライズン♪」
「最初にできたのがこのフレーズでした」
赤松さんの曲作りはまず核となる歌詞とメロディーが一体となって出てくることから始まるそうです。
「その瞬間に、曲の全体イメージが脳内で素早く広がって、前後の情景はちょうどコマ送りのように次第に再現されて、その後それを言葉に変換しながら歌詞化していく感じです」
最初のフレーズが生まれる瞬間は普段と違う感覚があり、赤松さんの言い方では「もらった」そう。いわゆる「降りてくる」ということのようです。
また同時に社名である「ニューホライズン」という社名をサビで堂々と歌いこみたかったと言います。いわゆるコマソンの制作方式ですが、そこは遠回りせずかっこよく抜けの良いフレーズとして構成することを意識したそう。
曲の全体像が見えてきた段階でアレンジに入りますが、赤松さんの場合、いったんデモ音源に落として曲の原型を作ります。筆者はその最初の音源を聴かせてもらうことができました。よりロックアレンジ色が強く、歌詞はまだ大枠ラララ~で歌われていましたが、確かに上記のフレーズの部分はこの段階ですでに歌い込まれていました。これをアレンジャーに渡すときに、「今のデジタルビートをより感じさせたい」と注文を付け、何度かキャッチボールした上で楽曲が完成したそうです。
「命燃えた後には 太陽が昇るだろう♪」
2021年のNHの総会で230人のメンバーに出来上がったこの曲を配信したところ、反響が大きく、NH代表とも相談し、今度は会社の肝いりでぜひMVを作ろうという話になりました。
赤松さんにはその時どうしても起用したかった出演者がいたそうです。
ダンサーであり振付師としても大活躍中の井手茂太(いでしげひろ)さん。椎名林檎さんや星野源さんのMVの振付けなどで有名で、今業界では引っ張りだこのアーティストです。
赤松さんは出演依頼するにあたってその思いを手紙で直接送ったそうです。
「歌詞の内容を言語化するにはダンスがうってつけだと思ったこと。それとこの曲でNHのメンバーの人たちを勇気づけたいという思いがあったので、出演者はそのメンバーを代表する世代の人であること(井手さんもNHメンバーと同世代の1972年生まれ)。これはもう井手さんしかいないと思ったんです。半日くらい何回も推敲して、思いを手紙に書き綴りました」
その気持ちが通じて井手さんからぜひ会いましょうという返信をもらい、企画が動き出しました。
今回は歌詞がそのままクリエーティブディレクションの役目を担っていたので、あまり細かな演出指導は行わなかったと制作側の立場としての赤松さんは話します。
「振付けの大枠は井手さんの歌詞の自由な翻訳と即興性に任せ、最低限サビなどのポイントで演出側のイメージを伝えるだけにしました。忙しく全国を飛び回っている人なので、出先から送られてくる振付の映像などを見ながらのやり取りを行い、その後ダンススタジオにも入り、何時間かセッションも行ってようやく撮影にこぎつけました」
そして収録本番。ロケ地は千葉県の銚子市近郊、撮影は夜の8時から朝の7時までかけて行われたそうです。
歌詞を聴いた監督からの提案で今回井手さんが着ている服装は実は喪服、設定としては「通夜の帰り」だそうです。気が付く人がいれば気が付けばよい程度の演出だと話してくれましたが、このことを聞いたとき筆者は改めて赤松さんが冒頭に話してくれたNHに参加することになったきっかけのことを思い出しました。歌詞に込められた様々な思いが、制作スタッフの意識の中に共有された瞬間です。
「終わりか始まりかは お互いで決めればいい♪」
ロックビートに乗って突如夜明けの道で軽やかに踊りだす中年男性。誰を喪ったのだろう彼の服はよく見ると喪服のようでもある。何かの思いを断ち切り、新たな未来へ歩みだそうとするかのごとく脚は生き生きとステップを踏み、両腕は天空へ大きな弧を描く。
「決別」があるからこそ、その先に確実に見えてくる「新たな地平線」。何かを喪いながらも未来への希望を感じさせる音楽と映像。
この曲を誰に一番聴いていてほしいかと赤松さんに尋ねたところ、
「もちろん一番はNHのメンバーたちです。たとえばチームでプレゼンに行くときに景気づけに聴いてもらえたら」
とにこやかに語ってくれました。
今NHではメンバーたちのちょっとした集いなどにバックミュージックとしてこの音楽が流れ、仲間同士のモチベーションを高めるひとつのツールになってきています。
NH構成メンバーの年齢層・40~64歳の日本の人口は、現在約4230万人。NHに参加しているのはその中のたった230名弱ですが、きっと同じような経緯や思いをもって日々仕事と向き合い、また何か一歩を踏み出そうとしている人々は多いことでしょう。
このイメージソングが徐々にNHメンバーの心のよりどころになり始めているように、日本全国の頑張っている同世代を勇気づけるエールになれたなら素晴らしいことですね。
(You Tube動画)
(以下歌詞)
NEW HORIZON
朝もやにかすんだ街を
眠らないカラスが飛ぶ
ポケットの右手を出して
別れ際の握手しよう
ただ精一杯の強がりだけで
心配の種をかみ砕いて
サラバ!友よありがとう
思い出はもらって行く
終わることを知ったから
始まりが見えたんだ
NEW HORIZON
目指すべき憧れだった
あの人は星になった
あらめて今さらだが
一度きりの人生だ
ああ日々老いる身体は軋む
見る前に覚悟を決めて跳べ
サラバ!友よまた会おう
この世じゃなきゃあの世で
終わることを知ったから
始まりが見えたんだ
NEW HORIZON
干からびた大地でも
薄汚れた海でも
命燃えた後には太陽が昇るだろう
サラバ!友よありがとう
此処からはひとりで行く
終わりか始まりかは
お互いで決めればいい
サラバ!友よまた会おう
この世じゃなきゃあの世で
終わることを知ったから
始まりが見えたんだ
NEW HORIZON
NEW HORIZON