2025.01.21

LSPオープンアカデミー「“人事ナウ”を知る~従業員のキャリア開発における人事の今すべきこと~」第一部・聴講レポート

2024年12月4日、銀座のLSPオフィス会場にて「LSPオープンアカデミー」が開催された。定期的に催されるこのアカデミー。ここではライフシフトに関わる最新の情報や知識を、企業のミドルシニア人財活用にあたる人事担当者・経営層に向けて発信、交流が図られている。 今回は「“人事ナウ”を知る~従業員のキャリア開発における人事の今すべきこと」をテーマに、二人の講師の方々をお招きし講演が行われた。当日会場には20社以上の企業の担当者が集まり熱気に包まれ、また内容はオンラインで完全公開型セミナーとして放映もされた。 アカデミーは第一部と第二部に分かれ、一部は明治大学専門職大学院教授野田稔教授から「人事における短期的・中期的テーマ」としての講演。二部はリクルートワークス研究所主任研究員・古屋星斗氏を招き野田教授を交えての対談の形で行われた。 野田教授はLSP発足にあたって様々な助言をいただいたLSPのいわば恩師であり、現在はそのスペシャルアドバイザーにも就いていただいている。また古屋氏は野田教授が「人事領域における今最もホットな人」としていの一番で名を挙げた人事領域研究のキーパーソンである。 企業経営の中で最重要課題として取り扱われ始めた「人事」に、今何が起こっているのか。講演はまさにその現在と未来を的確に指し示すものとなった。以下その要約を記す。

【アカデミー・第一部】

解決するのは「人事」

野田でございます。 ここ3年間くらい、人事に関連する言葉が経営者の方々の間で本当によく語られるようになりました。「人的資本経営※1」をはじめ「ジョブ型人事※2」「HRBP※3」など。。。 今、人と組織の話を口の端にのせない経営者のいる会社は、むしろかなりまずいように思います(笑)。そのくらい企業経営をする上で「人事」というものがど真ん中に来ています。 でもその受け皿となる人事部署は、十分にそれに応えきれているのでしょうか?ここが問われてくるわけです。 そこで今日は「人事ナウ」というテーマでお話ししようと思います。 皆さんもご存じのように人事に求められるものとして挙げられるのは「HRBP」、あるいは「HR OPS※4」などです。今は「HR OPS」のような人事に関する事務だけでなく「CoE※5」といった戦略の実現のための「人と組織の制度設計」も実現されてきています。 たまたま昨日、自動車のマツダのCHRO(人事部門の最高責任者)の方に会っていろいろ話を伺ったのですが、皆さんはマツダの人事の筆頭にある部署は何かご存じですか?それは「組織風土改革部」なんです。つまり「OD※6」が人事の筆頭機能になっている。これは今までの人事にはない発想だったと思うのです。 技術の会社なので絶えずイノベーションを起こしていかなければならない。でも、組織が硬直していては困る。だとすれば最も重要なのはこの組織風土改革だ、ということで考えが非常に合理的なわけです。 また中長期的に解決すべき問題と短期的に解決すべき問題を明確に整理されていて、まず中長期のほうを先に考えるそうです。将来どうあるべきかを先に考えて、その後に足元でやるべきことを考える。きわめて戦略的だと思いました。 ですので今日のテーマもこれにならって中長期の視点で話していきたいと思います。 人事を中長期で考えるには「環境の変化」というものを見ないといけません。今の時代は不確実で、変化一つ一つの振れ幅が大きくて、スピードがやたらに速い。必然的に我々が直面する環境は予測可能性と管理可能性が著しく低くなるのです。

そこから導き出される組織内的問題は何になるかというと「リーダーの機能不全」です。 経営がうまくいかないのはみんなが私に従わないからだといってイライラする、独裁を強化する。世界でいえばプーチンしかり、ユン・ソンニョルしかり(笑)。 もう一つあるのはタブロイド思考ってやつです。これさえやればうまくいくと言って物事を極端に単純化してしまう発想です。トランプもそうですし、わが国では郵政民営化を標榜した小泉純一郎もそうでした。郵政民営化だけで世の中が良くなるとは思えないのですけれど、単純明快ですからポピュリズム的にはだぁーっと流れが作られる。 こういう状態になっているのを解決するのは、「人事」だってことを今日は改めてお伝えしたいのです。 ※1 人的資本経営:人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値の向上につなげる経営のあり方 ※2 ジョブ型人事:企業が従業員と合意した職務内容に基づいてそれを評価する人事制度 ※3 HRBP(Human Resource Business Partner):戦略実現に向けたHR・OD施策の実行 ※4 HR Ops(HR Oeration services):HRに関する定型業務 ※5 CoE(Center of Excellence):戦略実現のためのHR・組織制度設計 ※6 OD(Organization Development):組織開発

イノベーションは「全社活動」

今の企業経営の状態を整理すると ① 不確実で大変化で爆速の時代。リーダー一人だけでは判断ができなくなってきている。認知限界を超えかけている。 ② 側近に取り囲まれているリーダーはとても狭い情報空間の中で意思決定をしている。いわゆる「フィルターバブル※7」「エコーチェンバー※8」の存在がある。 ③ 多くの会社のビジネスモデルの賞味期限が切れてきて、新しいイノベーションを起こさなくてはならなくなっている中、仕事を一人の人間には任せられなくなっている。 となります。 繰り返しますがこれを解決するのが人事のミッションです。 つまりリーダーの経験・知識・視点だけでは乗り切れない時代。メンバー全員の全能力を結集して共に考え、総力戦で解を探索する組織構造があるべきなのです。 またこれからのリーダーに求められるのは「衆議・独裁」を旨とすることだと思います。徹底的に話を聞いて、徹底的に議論する。でも最後の決定は責任をもって個人が行うということです。 人事ができることは、この徹底的に話を聞いて徹底的に議論をする構造を作り、そういった議論をするに足りる能力を持った人材を育て配置するということだと思います。 『エクセレント・カンパニー』を著述したトム・ピータースは「これからの会社は全ての社員が起業家になっていなくてはならない」と言いました。私の尊敬するインド人経営学者のスマントラ・ゴシャールは「個人の能力に対する深く、誠実で揺ぎない信頼」を持たなくてはいけないと言っています。 全くその通りだと思います。 ところで企業にイノベーションを起こすことは重要なのですが、イノベーションは目的ではなく手段です。何とか目の前の“不”を解決しようともがいていたら、結果としてイノベーションが起きた、ということが多いと思います。逆説的に言えばもしイノベーションを起こしたいなら、むしろ解決すべき良質な“不”=課題を発見するのが近道だと言えます。課題解決より課題発見のほうが価値があるのです。 だとすれば良い課題発見をする「目」は多いほうが良いに決まっています。つまりイノベーションは全社活動であるのです。 ※7 フィルターバブル:ネット上の行動履歴に基づいてユーザーの興味のある情報のみを表示する現象。好みの情報のみに囲まれることで異なる価値観や視点に触れられず、偏った考えを持つ可能性を示す例え ※8 エコーチェンバー:SNSなどで自分と似た考えや意見を持つユーザー間でやりとりをしていると、自分と似た意見ばかりが返ってくる現象

求められるのは「真面目な不良」

これまで述べたような構造を作っていくことが、企業に中長期的に求められることだと思います。が、それにはまず個人一人一人の目覚め、成熟化も必要です。実はこれが一番重要なのです。 今はまだ上司に正解があると思っている「指示待ち人間」が多いような気がします。「これで合っていますか?」って聞いてお墨付きをもらうと、環境が変わって上手くいかなくなってきたとしても「上司が良いと言ったから」とそのまま突っ走ってしまったりする。ある組織開発の人はこれを「幼児化現象」と呼んでいました。それが企業では大事故につながったりします。つまり「指示待ち」はダメなのです。自分の頭で考えられる成熟度の高い社員を作ることが本当に重要なポイントになっています。 ただ当然のことながら個人の目覚めだけでもダメで、組織も進化させる必要がある。それには一人一人の能力を十二分に引き出す現場マネジメントと、全社員の能力発揮を可能にする仕組みづくりが必要になります。 これは人と組織の「共進化」という言葉がキーワードになると思います。 「共進化」とは生物学用語で複数の種が互いに影響を与え合って相互に進化していくことです。くちばしが長くなったハチドリと、花びらの奥のほうに蜜を蓄えるようになった花みたいな関係ですね。人と組織も同じように進化させるのです。 このことを言うと「どっちから先にやるの?」って質問されることが多いのですが、私は社員が先だと思っています。仕組みをいくら作っても人が使えなければ何の意味もないので。ちなみに求められる社員自身の進化には三つのキーワードがありまして、「自分の頭で考える癖をつけること」「互いの心理的安全性があって何でも口に出せること」「一人一人の成熟度が向上すること」です。これは「Job Crafting」とか「職場Crafting」と呼ばれたりもします。 ではこれからのリーダーシップとは、どのような方向に行くべきでしょうか。 今までは「不真面目な優等生」が多かった。つまり点数を上げることに特化してその意味では優等生だったけれど、そもそも何のために勉強するのだとか、自分が何をしたいかはどうでもよかったという意味で不真面目だった人々。これはダメです。これからは「真面目な不良」が求められます。「そもそも俺らは何をやんなきゃならないんだ」を真面目に考える人。ただそれを考えるとだいたい過去のルールを否定しなくちゃならなくなったり、今までのやり方をやめなくてはいけなくなる。だから保守派からすると不良になるわけです。でもこれからは自分の頭で考えられる「真面目な不良」を作っていかなくてはいけないのです。 ちなみに「不真面目な不良」論外です(笑)。また「真面目な優等生」も存在しません。なぜなら真面目に考えると現状のルールを変えざるを得ないからです。 いっぽう組織に求められる進化としては、今までの組織が主語となるコマンド&コントロールの構造と、メンバーが主語となり新しいことを考えるアップサイドダウンの構造を一つの組織の中に作りこむということだと思います。これが「両利きの経営※9」の本当の姿になります。この部分はもっと詳しく語りたいのですが、今日は時間の関係で割愛します。 ※9 両利きの経営:既存事業の強化と、新規事業の立ち上げを両立させる経営手法

「やったほうがいい仕事」は、「やってはいけない仕事」

中長期については以上ですが、では次に人事が短期に対応しなくてはいけないことは何でしょう。 これは明らかに「労働供給制約社会の到来」への対処です。とにかく人が採れない。これが最大の問題で、今後良くなることはありません。2022年に実施した労働需給シミュレーションによると、2040年には1100万人ほど労働力が足りなくなります。今だって6600万人しか働き手がいないのに、そのうちの1100万人がいなくなる。しかも人口は減っているのに医療・介護・福祉を中心に労働需要は増えているのです。日本は回るわけがなくなります。 これをどうするのだっていう話です。当然のことながら需要を減らし供給を増やすしかないのですが、まず「ブルシットジョブ※10」は全部やめましょうということです。無駄なことはやっちゃダメですし、それだけではなくて私がよく言っているのは「やったほうがいい仕事は、やってはいけない仕事」ということです。その程度の仕事をやる余裕はないのです。やめて不具合が出たら復活させればいいじゃないですか。そのぐらいの気持ちでいいと思います。苦手なことをやらせるのも全部やめましょう。その人の得意なことだけをやらせるんです。

あともう一つ重要なのは「できる人間は使いまわせ」です。どういうことかというと「その人の得意なことが職場で活かされることは全体の3割くらいしかない」のが通常だということです。あとの7割は誰がやってもできる仕事。これがもったいないのでその3割の力だけを使う仕事を複数個所でやるのが一番いい気がします。 例えばその昔、私が野村総合研究所でコンサルタントをやっていた時に中長期計画立案を頼まれていました。かなり手間のかかる大きな仕事だったのですが、わりと手早くできるようになっていました。なぜなら私は一年間に3本も4本も同じような仕事をやっていたから。いっぽうで企業の経営企画の人って3年に一度しかやらないのですよ。しかも3年たつとだいたい異動していなくなっている。常に素人のままです(笑)。つまり得意な人に得意なことをやらせ続けて、その技量を上げさせるほうが合理的なのですね。 ただ結構これ、難しいです。従来の思考にはとらわれないようタレントマネジメントを徹底しなくてはなりません。年齢、ジェンダー、キャリア、職務階層、国籍、雇用形態、障害の有無、そういうことを一切関係なくして得意なことにあたらせることが必要です。まさに質的な意味での生産性の向上です。 ※10 ブルシットジョブ:無意味で不必要かつ有害な、有償の雇用形態

始まっている「流動化」、「適所適材」

でも世間を見ていると結構面白い適所適材も始まっているようです。 大手ITベンダーのプロジェクトマネージャーの経験のある50代の人が、ゲームメーカーのプロジェクトファシリテーターとして採用されているそうです。こういった人はややこしい人間関係の調整にすごく慣れているそうです。 また新卒でベンチャー企業に入り幅広く業務を経験した若手社員が、大企業の新規事業開発要員としてキャリア採用されているそうです。前は大企業にいた人間がベンチャーに転職することはありましたけれど、今は逆だそうです。パーツになるしかない大企業の人間と違って、ベンチャーに入る人間は一人でいろんなことをやらされて幅広い業務に対応できる。それが大企業で役に立つのだそうです。 あと社内の研修で事業アイデアを提案した経理社員がそのまま新規事業担当者として奄美大島に赴任し、なんとマグロの養殖を始めているのだそうです。 まさにそういった今までの枠では考えられないことが起こっているのです。 キーワードは「流動化」です。会社内部の流動化と、社会における流動化を両方ハイスピードで回す必要があります。水は方円の器に従うが如く、といいますが流動させることにより適材を適所にはめていくということ。これが短期的には人事のできることではないでしょうか。ぜひやっていただきたいなと思います。 私からのお話は以上です。 (アカデミー・第二部へ続く)

ライター黒岩秀行