思えばリスキリングという概念が世の中に市民権を得る前からライフシフトプラットフォーム(LSP)の構想は走り出していた。2017年、当時電通の労働環境改革推進室で、社員が活躍するための環境整備とともにミドルシニア層のキャリア育成支援に向き合っていた山口裕二氏。氏がそこでどうしても既存の会社の枠組みでは解決しきれない根本的な課題があることに気づいた時、LSPの仕組みの基礎が脳内に浮かび上がった。それは端的に言えば会社という組織から人財を解放してしまうという発想だった。それから約7年。今LSPは電通出身以外の参加者も加わり約250名、企業の垣根を超えた人財キャリアアップのプラットフォームとして機能し、ついに表題の賞も受賞するに至った。
今回ニューホライズンコレクティブ(NH)※の代表として陣頭指揮をふるう代表のお二人に改めて時間をいただき、賞受賞の経緯とここまでの道のりについてお話を伺った。
※NHとLSPの区別について。LSPは参加するメンバーを有機的に活動させるサービス・拠点でそのものあり、NHはLSPサービスを提供・運営する電通出資の事業社という位置づけとなる。
ニューホライズンコレクティブ合同会社 代表/株式会社PLAN T. 代表取締役
クリエイティブディレクター、プロフェッショナルコーチ、NLPトレーナー
野澤友宏
野澤友宏さんのプロフィール:
【「教えあう社会、学びあう世界」を目指して】1999年に(株)電通入社。コピーライター・CMプランナー・クリエイティブディレクターとして、東芝・UNIQLO・ガスト・三菱地所・ナビタイム・リクルートなど100社以上の企業を担当し、1000本以上のテレビCMを制作。2020年末、電通を退社。2021年1月より「ニューホライズンコレクティブ合同会社」の共同代表として人生100年時代の新しい働き方・生き方を提案している。◆電通クリエーティブ局に配属後、日々、100案以上のCMアイディアを徹夜で考える生活をしながら、効率よくたくさんのアイディアを出す思考法・発想法を研究。「脳と心の取扱説明書」と呼ばれる最新の心理学NLPを学び、潜在意識を活用したオリジナルの発想法を開発し、さまざまな企業・学校で提供している。
二代表制の経緯
(前編から続く)前編でも触れたが設立した運営会社・ニューホライズンコレクティブ(NH)は、電通に籍を置く山口氏と、電通を退職しNHに籍を置いた野澤氏による二代表制でスタートした。
野澤氏が代表を打診されたのはすでに社外代表として内定していた山口氏からで、それまでは全くそのような役職に就くことは想像していなかったという。
この時のことについて野澤氏は笑いながら話す。
「“代表がもう一人決まったよ”と言われてどなたですか?って聞いたら僕だっていうんです。驚きましたが山口さんの依頼だったら仕方がないと、引き受けることにしました。ただ正直、山口さんも一緒にNHに参加するものだとばかり思っていたのでそっちも驚きました」
このことを筆者が山口氏に伝えると、呼応するように笑いながら、
「もちろん制度を作った人間ですから、自分でも手を上げなくてはいけないと思っていました。作るならそのようなものでなくてはならないと。ただぎりぎり考えに考えて、私は籍を親会社に残したほうがいいと判断したんです。なぜならこの制度のことをよく理解している人間が一人は親会社にいたほうがよいと考えたからです」
今二人の代表の役割分担は明確に決められているものがあるわけではないというが、およその区分として山口氏は会社の経営管理的なこと、メンバーをさらに増やそうといった活動、または新規の仕事を取ってくるようなことを中心に。野澤氏はLSPの中で実行されている様々なプログラムの企画開発、運営、あるいは対外メディアへの広報活動といったところを受け持っているそうだ。ただその中で山口氏が特に今LSPの仕事で大変なこと、として筆者にこっそり語ってくれたのが、
「全てのことが新しい試みなので、それを親会社に説明するのが大変ですね(笑)。僕はこういったことをやるからにはメンバーだけでなく、やはりステークホルダーにもハッピーになってもらわなくてはならないと思っているのです。その説明責任は僕が担うべきだと考えています」
ということだった。それを耳にする時、あえてそこに籍を残した山口氏の決意と覚悟を思わねばならないし、この互いを見守りつつ内と外へ目を配ることのできる二代表制があってこそLSPは機能し続けているのだと感ずるのだ。
受賞
さて設立から4年も半ばを超えた2024年9月。優れたリスキリングを実践する先進的な団体として、NHは『日経リスキリングアワード2024 企業・団体イノベーティブ部門 最優秀賞』を受賞した。盛大に催された表彰式には山口代表が出席し、アワードをと並行して開催されたリスキリングサミットには野澤代表が参加。それぞれの模様が各報道機関で大きく取り上げられた。
改めてその授賞理由について掲示された文章を引用しよう。
―――健康寿命の延伸や生産年齢人口の減少に伴い「生涯現役」が日本の標準となりつつあるなか、働き手にはライフステージの変化に合わせて、新たなスキルを習得していくことが求められている。キャリア後半戦を迎えた中高年にフォーカスしたニューホライズンコレクティブの取り組みは、「人生100年時代」のリスキリングの先駆けである。同じ立場の仲間がサロンやサークルに集い励ましあうことで、学びのモチベーションを高めあうという仕組みもユニークだ。当初は電通主体で発足した組織だが、その後、趣旨に賛同する様々な業種の企業が参画するなど、企業の垣根を超えた人材育成のプラットフォームとなっている点にも新しさがある。―――
まさにここに集約されているとおり、LSPは中高年のリスキリングの場の先駆けとして今、社会に広く周知、受け入れらたわけである。
「私はこのLSPの仕事を始める時に、これは電通だけの課題じゃないって思いが強かったんです。LSPを最初に告知した時のリリースにも書いてもらったのですけれど、世の中にこの制度を順次広めてくんですよってスタンスをもともと持っていました。最初の2年は電通の卒業生だけでやる。でもその後は他社の方々にも自信をもってご案内できるものにしたい。そして実際にそうなった。ですから賞に応募することについても前向きでしたし、パブリックに認められたということはとても意味があることだと思っています。受賞した時は、本当に嬉しかったですね。いろんな方々とこれまで議論を交わしてきた日々の活動の成果だと思いました」
と山口氏。
受賞に至るまでにいろいろな方々との議論と幸運な出会いがあった、ということについて野澤氏も同様に語る。
「リスキリングという概念を世に広めてくださった後藤宗明さん※との出会いも有難かったですね。非常にLSPの試みに共感をいただきまして何度も会話を重ねました。それまでのLSPはともすれば早期退職の受け皿という人事施策の観点でしかとらえられてなかったものを、企業が提供する学びなおしの場としてさらなる社会的意義、新しい光をあててくれたんです。そんな変遷を経ながらの受賞だったのでなおさら嬉しかったですね」
まさに時代の潮流とLSPの理想が交錯したタイミングでのアワード最優秀賞だったのだろう。
※後藤宗明氏:一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事。SkyHive Technologies 日本代表。2021年、日本初のリスキリングに特化した非営利団体、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立。著書に『自分のスキルをアップデートし続けるリスキリング 』などがある。
(以下写真:後藤宗明氏と)
手ごたえ、そして今後
順調に軌道に乗ってきたLSPであるが、今二人の代表が感じている手ごたえ、今後のビジョンとはどういったものなのか伺った。
「やっぱりメンバーの皆さんが、本当に活躍をしている、金額の多寡ではなく今までやったことのないことで稼いでいる、のびのび生き生きとしている。そんな話を聞く時、手ごたえを感じますね。会社が用意してくれた出番ではなく、自ら作った出番を楽しんでいるってことですから、それは嬉しいですよ。今後ですか?そうですね。世の中の人が45歳のミドルシニアになったあたりで一度はLSPへの参加を検討するくらいのものになっていたいですね。各都道府県市区町村に設置されているような、いわゆる国家基盤のようなものになればいいと思っています。(野澤氏)」
「メンバーの方々がですね、確実に変化されているんですよ。LSPに参加してよかったと言ってくださる。会社の看板を下ろしてチャレンジするって簡単なことではないです。自分のキャリアを自分で作っていく、ある意味当たり前のことなのかもしれないけれどLSPという制度をきっかけにそれに向き合ってくれているのですよね。それが嬉しいです。今後についてはやはりいろんな企業さんの選択肢として採用してほしいと思っています。そのためにはLSPもどんどん変化していかなくてはならない。まずは今のメンバーを1,000人規模にしたい。これには理由があって1,000人とは、ぎりぎり人と人が顔を覚えられるコミュニティの単位なんだそうです。新しいメンバーが増えると、きっと今のメンバーにも新しい可能性が増えると思います。その距離感の中で切磋琢磨しながら新しいビジネスが生まれていけばいいなあと思っています。(山口氏)」
と異口同音にメンバーから寄せられる前向きな声が成功の実感となっており、今後はこのLSPを一つの社会インフラのようなものとして活用してもらえたら、という理想を語るのだ。
渇望
今回二人の代表のお話を聞いて筆者が共通に感じたのは、彼らから始まった壮大なチャレンジに対する確固たる信念であり、さらに紐解けば、より良い世界に対する渇望のようなものだった。
「健康長寿とよく言われますけれど、日本ではそれが社会問題として語られてしまうんですよね。年金の問題であったりとか、医療や介護の問題、認知症の問題だとか、、、。本来健康長寿は、良いお話なんです。そんな状況の中で我々はシニア以降の働き方に対して一つのモデルを作れるといいなと思ったんです。それが解決できるのならこのLSPに限らず、こういったシステムをどこかがパクッて実行してもらってもいいとさえ思いますよ」
と山口氏。
「LSPをやっていて大変なことですか?そうですねぇ。いろいろやっていると予想外のことも起きるし、こちらの思いがうまく伝えらなくてコミュニケーションの大切さを改めて思い知ることもありました。ただ、大変だけれども嫌なことは一度もありませんでした。何かうまくいっていない事や人の存在に気づいたら、それについてまたどうしたらいいか考えるのは、やりがいになります。どれもこれもこのLSPをより良いものにしていくための大切なステップだと思うんです」
と野澤氏。
ある日、会議室の片隅で共有された構想の萌芽。7年後、それは一つの事業として実を結び、また世の中への一つの大きな問いかけとしとして蠕動し始めた。この先LSPがどういった発展を遂げていくのか。ただ、それは単に二人の代表の今後の手腕によるものだけではなく。参加する筆者を含めた中高年の意識、気概、存在意義がまさに問われているものなのだと、武者震いとともに身が引き締まる取材となった。(了)